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万葉歌碑(橘郷)

 先日紹介した「橘郷造神社」から羽生方面に少し行った「東陽会館」という集会所のような建物がある。
ここに万葉歌碑が建っている。
ここが「伝占部館跡」と言われる場所だそうです。
占部広方はこの地から「防人」として九州に渡るとき、難波にてこの歌を提出したのです。

占部広方(うらべひろかた) 万葉歌碑 (所在地:羽生東)

 万葉集巻二十に

 「橘の下吹く風の香しき筑波の山を恋ひずあらめかも」 



◎現地案内看板より抜粋
「この一首、助丁(すけのよぼろ)占部広方とあり「二月十四日(天平勝宝七年(753)に、常陸国の部領防人使・・・・が進る(たてまつる)歌の数十七主とある。即ち、この時難波についた防人たちが、大伴家持お要請で、各国の部領地使に提出した歌で、その中、常陸国からは、この広方の歌と、若舎人部広足(わかとねりべのひろたり)の歌二首を入れて、十首が載っている。常陸国風土記には、また行方郡(こほり)と香島郡とに、橘の木が生い茂っているとあり、また行方郡からは筑波山がよく望まれると書いてある。この地は古く橘の郷(さと)といい、広方は、ここから防人(さきもり)に召され、筑波山を恋い、嬥歌(かがい)のことなどを偲んで歌ったのであろう。助丁とは国造丁(くにのみやっこのよぼろ)に次ぐ階級であった。」


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橘郷 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/07/31 15:52
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