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三光の宮

今日は昨夜からずっと強い雨が降り続いたがようやく夕方になって降りやんだ。
最近は天候も極端になってきた。これも地球温暖化の影響なのだろう。
世界の人口を考えればこの先人類はうまくやっていけるのかと心配になる。
自国の利益優先という間違った愛国心のエゴが地球を破滅に追いやるかも知れない。
中秋の名月はあいにく見られなかったが、前後の月は優しく輝いていた。
月の大きさは地球の1/4だから、月から地球を見たら月の4倍の大きさに見えるはずである。
地球は青いというので、どんなに美しいのだろうか?見てみたいものだ。
その美しい地球で醜いエゴが渦巻いているのはいただけない。
戦後65年が経ち私を含め戦争を知らずに育った人がほとんどになった。
しかし人類の歴史は過ちの繰り返しできた。
さ~て、これからの100年をどう乗り越えていけるのでしょうか?
ロシアへは5-6年前に訪れた時に比べて年々昔に逆戻りしているようで心配になった。
周辺の国々との間でギクシャクしてきて、軍事的な高圧化が目立つようになってきた。
北方領土などもこのままでは進みそうにない。現政権では何もできないようにも思う。
さて、いつもならもうススキの穂も目立ってくると思うのだが、彼岸花と同じく大分遅くなってしまったようである。ススキがなければ中秋の名月も物足りない。
石岡も日天宮、月天宮、星之宮という三光の宮なるものがある。
歴史は1300年程前からあるともいわれ、古そうであるが、あまり紹介されることは少ない。
特に、星之宮は現在なく、総社宮に合祀されている。
元あった場所は、石岡二高のすぐ手前(国分寺の裏手)であり、小さな公園がある。
この三つのお宮が三角形に結ばれトライアングルを形成していた。
昔にこのお宮をこの位置に配置したことは、何か意味を持たせていたはずで今では考察もされていない。
江戸時代に水戸街道(陸前浜街道)ができ、明治に鉄道が敷かれ、昭和になって国道6号線が開通したのである。
鎌倉時代の前にはどのような道があったのだろうか。
こんなことを考えるのはおかしいのかもしれないが、まあ、考えているうちに何か気がつくこともあるでしょう。
三村から中津川で恋瀬川をわたり、田島の方を通って、日天宮と月天宮(貝地)の間を抜けるような道があったのかもしれない。
護身地蔵などもあるが、戦国時代のいわれはあるが、何時からあったものだろうか?
もっとも今の位置は6号国道建設時に移動されているが・・・・。
考古学と書物の歴史以外にも地元に残る伝承などももう少し研究すると面白いのにな~。

石岡市内 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/28 21:36
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