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瀬戸井街道(9)-鯉渕宿

 岩間街道は水戸城下から筑波を通っていた瀬戸井街道の通りをほぼ拡張して作られているようです。
しかし、昔の道幅は狭く、徒歩や馬で通っていた時代は道はくねくね曲がっていたはずです。
それを車が通りやすく、通りに大型のショッピング店などが建つように変わっていくと、昔の名残を探すのが困難になってきます。

さて、瀬戸井街道の水戸城下から最初の宿場が「鯉渕宿」です。
鯉渕もかなり広い範囲にまたがっていて、昔の通りをさがしてみました。

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水戸方面に向かって、高速道路の高架橋の少し手前の信号から右手斜めに入る道があります。
これが旧道でしょう。通りの両側には古い桜の並木が残されていました。

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この桜の古木は中心がもうありません。空洞ですね。でも青々とした葉をいっぱい茂らせていました。
古木に耳をあてると昔のことを思い出させてくれる。そんな感じになります。

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通りの分かれ道の所にはやはり地蔵さんや石碑が立っていました。
このままこの旧道を進むと鯉渕小学校の所に出ます。

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さて、この旧道はまたぐるっとまわって、元の岩間街道にでます。
この途中に旧家らしい家並みが続きます。
石岡から水戸に行くのによくここに出てきました。
古い家並みを見て通過していたのですが、今やっとすこしずつ通りが見えてきました。

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この旧家の所を右に曲がると「根古矢」へ。曲ってすぐまた右に行く道は石岡へつながります。

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鯉渕は昔「鯉渕城」があったと言われており、道もたくさんの道が交わり、クランクのようになっています。
桜田門外の変では鯉渕勢として名前が出てきます。鯉渕要人なども関係者でしょう。

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ここ、鯉渕に鎮座する「鹿島神社」由緒などは良くわかりませんが、中世の城の大手門なども近くにあったようです。

さて、岩間街道(瀬戸井街道)はこのあと水戸市街に入っていきます。
そして歴史館の横を通って、大工町にでます。
市街地になり面影が追えなくなりますので、一旦ここで探索を終了し、岩間の神社を見てみたいと思います。

次回は岩間の隠沢観音を紹介します。
 

 

瀬戸井街道 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/08/27 18:50
コメント
No title
こんばんは。
瀬戸井街道完走ご苦労様です。
私にも身近なところでとても勉強になりました。
鯉渕城については、鹿島神社の近くに大手門、堀之内という地名があるそうです。
水戸城の城主江戸氏の家臣の城だったそうです。根小屋のあたりが中心だったらしいです。
私ももっと勉強していろいろ調べてみたいと思います。
Re: No title
troyさん
こんばんは。

> 瀬戸井街道完走ご苦労様です。
・・・追っかけて見て知らなかったこともかなりわかり参考になりました。
ブログでは少し飽きてしまいますが、後で役に立つこともありそうに思っています。

> 鯉渕城については、鹿島神社の近くに大手門、堀之内という地名があるそうです。
> 水戸城の城主江戸氏の家臣の城だったそうです。根小屋のあたりが中心だったらしいです。
・・・情報ありがとうございます。鯉渕の根小屋は「根古矢」って書くみたいですね。
石岡にも根小屋という地名がいくつかあります。
皆中世の城のあった辺りかもしれません。面白いですね。

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