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陣屋門

 庭では「ツクツク法師」が最後の鳴き声を懸命にあげています。「惜しいよ!惜しいよ!ジー」と飛び立っていきました。
水たまりには鬼ヤンマが力つき、家の中に飛び込んだアブラゼミはもう動きません。
暑くなりましたが、夏ももう終わりですね。

 さて、市内の想い出ページとして、今日は石岡の陣屋門を紹介します。
江戸時代はここ常陸府中(石岡)は松平2万石の藩がありました。

水戸徳川家はご存知にお通り徳川御三家の一つで石高は52万石。

このほかに水戸徳川藩には支藩が4つあり、讃岐高松藩(12万石)、陸奥守山藩(郡山:2万石)、常陸府中藩(石岡:2万石)、常陸宍戸藩(笠間市宍戸:1万石)があります。
高松藩は初代水戸藩主の長男ですので別格として、他の三藩は兄弟のようなものですね。

さて、ここ常陸府中藩は江戸詰めで、播磨守でしたので、ここ府中にはほとんどきません。
陣屋が置かれていただけです。
そして、この府中藩は陸奥国長沼に領地がありこちらにも陣屋がありました。

 石岡の陣屋門は市民会館の入口位置から裏の石岡小学校の校庭の市民族博物館脇に移されています。
移されたのは昭和44年です。それまでは小学校の門として使われていました。

この陣屋門が建てられたのは9代目松平頼縄のとき,江戸小石川の藩邸を新築した際に余った材木を使い建築したものです(文政11年(1828)2月)。
主として欅(けやき)材が用いられています。

jinya01.jpg

現在陣屋門は小学校の校庭側ですので、普段学校がある時は、校庭の門を閉めていますが、見る人は校庭の門を手で開けて入るように書かれています。

さて、陣屋門の説明と写真は全て、上のようなことしか書かれていませし、写真もほとんどが正面だけです。

しかし、このサイトはこれで終われません。もう少しテーマを見つけなければ・・・。

そこで、この門の構造に注目して見ました。
なんと「高麗門」ではありませんか。
今まで何回もこの門を見ているのに、何もわかっていなかったのです。

jinya02.jpg

上の写真は門を内側から見たところです。
門の上の屋根とは別に、真中の入口の両脇に門と直角に小屋根の塀があります。
これはまさしく城の門に良く使われた「高麗門」です。
城の守備側の死角を減らす工夫がされたものだそうだ。

江戸城桜田門や御所の蛤御門などと同じ様式なのです。
(しかし高麗門はその後、城だけでなく寺などの門としても使われていますので特段珍しくは無いかもしれません。)

読めば現地の説明にも書いてあるのに、何も考えずに読み飛ばしていた。
多分ほとんどの人は私と同じで、そうなんだろうな。

jinya03.jpg

もう一つは屋根の上の鯱鉾? これは鯱(しゃち)だろうか? 金ではないが、名古屋城のシャチホコとも違うようだ。

また、この瓦の家紋が問題だ。

水戸徳川家はご存知の黄門さんの印籠だ。○の中に3つの葵(あおい)葉が描かれているのだが、これは真中に芯(花?)があって、まわりに葵の葉が六個描かれている(六葉葵)。

どうやらこれが松平家の家紋らしい。
しかし、松平家の墓所「照光寺」は普通の三つ葉葵の幕があったような・・・・。

ついでに、近くの照光寺の松平家の墓所に行ってみた。

kamon001.jpg

このように三つ葉葵の周りを六角形で囲んだ形だ。これが正式な家紋と思うのだが・・・。

先日ブログ仲間に教えてもらった宍戸藩の門にも六葉の葵の紋が3つ鮮やかに残っていた。
それも陣屋の表門のすぐ上にきれいな紋が3つ並んでいた。
真中が六葉の表葵、左右が六葉の裏葵(葉の葉脈がない)と思う。
あまり書かれたものがないし、知識もないので調べるのは後にします。

jinya04.jpg

青い空にのびる桜の老木と陣屋門も絵になります。
何かこの門が愛おしくなってきました。
この門一つとってもまだまだ残しておかなければならないことがたくさんあるように思う。


 

石岡市内 | コメント(12) | トラックバック(0) | 2011/09/10 06:30
コメント
No title
おはようございます。
かっこいい門ですね!宍戸城陣屋門より風格があります。
私が教えたなどと書かれると恥ずかしいです。
そう書いていただいたので一つ教えます。あの家紋は、桜材、黒漆塗り、金箔押しなんだそうです。ご存知だったらすいません。
Re: No title
troyさん
今日は仕事日で返事できず、遅くなりました。

> かっこいい門ですね!宍戸城陣屋門より風格があります。
・・・この門も昭和40年頃まで小学校の入口にあり、子どもたちが出入りしていました。
そのため痛みも大きいようです。宍戸陣屋門は保存状態が良いようです。

> あの家紋は、桜材、黒漆塗り、金箔押しなんだそうです。ご存知だったらすいません。
・・・ありがとうございます。とてもきれいに残されていますね。
同じ六葉の葵紋ですね。調べてもどう使い分けているのかがわかりませんでした。
 
No title
こんばんは!
陣屋門がいいです。学校に入る時に門を開けて
門をくぐる時どんな気持ちになるかなぁー!
Re: No title
尾張小牧さん

こんな歴史遺産を子供たちは使っていたのですね。
もっともこの戸は普段はあけっぱなしだったようですが。
昔は学校もおおらかだったみたいです。
No title
ROMAN様
それがあまり潜った記憶があるようなないような。
当時は二階建て~平屋の校舎が横に広くならんでおり1~6年の間端から恥まで移動しました。
その時々の自分の教室に最短距離で行こうとすると陣屋門が必ずしも良いルートではなく、あっちこっちから校内に出入りしていました。
ということで実用というより象徴的な門だったように思います。
移設後のような綺麗な状態ではなく、砂埃に覆われており、なにかおどろおどろしくもありました。
Re: No title
行徳様
そうですか。
昔の写真を見ると神社通り?の正面にでんと構えたように立っていましたね。
まるでお寺の山門のような感じでしょうか。
確かにきれいではないですね。
東京オリンピック(S39)が終わって、皆あちこちに新しいものが建てられたのです。
市民会館建設の話は昭和41年7月です。
それから反対運動で8000人の署名が集まりましたが、市民会館は昭和43年4月にオープン
されました。
「石岡史跡保存会」もこれから活動が下火になっていったようです。

移転され、きれいに保存したのに、この門の意義を知らしめる工夫が何もされていない。
そのことが残念に思えます。
 
No title
ROMAN様
思えば当時前項1500人ですから律儀に門くぐって
いたら、大渋滞になっていたでしょう。

とにかくこの国は古いもの壊しすぎです。歴史に
関する忘れっぽさもこの辺関係あるでしょうね。
欧州は鉄道ができようがアウトバーンができよう
が水運が衰退することなく、また路面電車も
残しながらそれぞれの良いところを生かし、共生
していますね。二度に渡る大戦の大破壊を経て、
尚守るべきは守る、というのはうらやましいですね。
Re: No title
行徳様
このヨーロッパとの違いを何処にあるかと考えてみると
これは私たち一人一人にあるようにも思います。
選挙があっても行かない。どんな人が選ばれても関心がない。
地元や個人的な利益誘導になる人を選ぶ。
文化が育っていないようにも思います。
選挙のたびにお金がばらまかれていたのもそんなに前ではないですね。
中国などはもっとひどい。
パックツアーでヨーロッパに旅行に行っても何も見てこないですよね。
表面的なものだけのように思えます。
No title
ROMAN様
こういことを思いながら、東京マガジン見て
しまいました。
脱力感満点です。

昨日はどこの小学生だ、あんた?、と言うような
閣僚が辞任しましたね。政治を含め、上の方が
どんどん劣化しているようです。
Re: No title
行徳様
この手の番組はどうも庶民のガス抜きに使われているのかもしれません。

> 脱力感満点です。
・・・最後はだいたいこのパターンですね。

せっかく空港作ったのだから、集客とアクセスの良さを中心にやるべきですね。
ゾーンを考えるのなら「商業ゾーン」「工業ゾーン」「自然、公園ゾーン」で子育やら
仕事の創造まで一体で考えないといけないよね。
No title
ROMAN様
空、水、陸ってすごく抽象的ですね。
これって私の経験から言っても、まずスローガン
ありき、で実施するとぐだぐだになるうまくいかない
事業の典型です。
敵情もジャングルの実情も知らないまま、インドまで
行け、と言った某作戦と同様です。
あかんです。
Re: No title
行徳様
これは現在のほとんどの地方で進行中ですね。
今日も久しぶりに市長さんを見ました。

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