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諏訪神社(高部)

 和紙産業の守り神の鷲子(トリノコ)山上神社、九尾の狐退治の伝説を秘めた三浦杉の大木が聳える「吉田八幡神社」と見てきましたが、この二つの神社の創建は共に西暦807年とされています。

しかし、この地方は戦国時代には佐竹派の高部(たかぶ)氏が城を構えておりました。
その城のあった場所が吉田八幡神社の裏山です。
この裏山の東側の麓が高部氏の氏族が住んでいた場所で、ここに西暦806年に諏訪大社より八坂刀売命(やさかとめのかみ)を分遷した「諏訪神社」が鎮座しています。

この諏訪神社が高部氏の守り神だったと伝えられています。

諏訪神社には美和中学校からタバッコ峠に向かう道(県道32号線)から「尺丈山」への道の分かれ道にあります。
戦国時代にはこの山の中に大きな「高部城(館)」がありました。この城は、佐竹義胤の五子景義が鎌倉時代に築城し、初代高部(たかぶ)氏となりました。
そして、戦国時代には佐竹氏の重要な城の一つとなったのです。

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神社入り口(一の鳥居)は石橋がありとても落ち着いたすてきな入口です。

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二の鳥居から神社には木々の中を石段を少し登っていきます。

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この参道には狛犬があり、この狛犬もとても姿がいいです。

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神社の本殿は嘉慶元年(1387)6月、落雷により消失したが再建造営され、現在の本殿は、享保6年(1721)7月完成されたもので、「二間社流造銅版葺、向拝唐破風、前面二扉、間口二間、奥行二間、彫刻彩色あり優美である。」と書かれていました。

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彩色豊かな武者絵でしょうか。数枚の額が掛けられていました。

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さて、神社手前脇の道を進むと「尺丈山」に行きます。
この山も鷲子山の嶺続きで、栃木県那珂川町との県境の山です。

登山口より往復で1時間程度の山であり、頂上からの眺めがとてもすばらしく、天気が良ければ日光連山から富士山まで眺めることができるというので地元では人気のある山だといいます。

尺丈山の名前の由来は、昔親鸞聖人の孫の如真上人が布教の途中、この山の祠に錫杖を忘れたことから名付けられたと地元の地史には紹介されていますが、タバッコ峠もここでタバコを一服したなどの紹介まであればあまり信用はできません。

しかし、この山は百樹の森整備事業として「21世紀の子供たちに森を引き継いでいきたい」と20年計画で平成9年度より、地元(旧美和村)と住民が一体となった森の整備(植樹)活動を行っています。
途中の山火事にもめげず一帯が森林公園として整備が進んでいます

またビジョン美和の森では赤ちゃん誕生記念植樹活動なども行っているようです。
また花立自然公園などと合わせて「茨城森林浴コース100」に選ばれています。




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鷲子・美和・高部 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/10/16 10:01
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