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静神社(1)

 常陸国二の宮である静神社。佐竹寺の前の道を瓜連(うりづら)方面に行けばすぐだ。
比較的に近いが、何故この場所にあるのかと不思議に感じた。

地図を調べて見るとこの場所は、那珂川沿いにあり、以前紹介した粟、阿波山の川を挟んだ反対側にある。
やはりかなり昔から人が住んでいたものと考えられる。

神社のHPを見ると

「かって、この地は3つの神社が鎮座し、さらに、7つの寺院がこれを囲んで大きな霊地を形成していた。また、水戸から奥州に通ずる棚倉街道に面し、交通の要地でもあり、門前町、宿場町として、殷賑をきわめていた。現存している下宿、中宿、門前の地名や藤屋、伊勢屋、池下屋などの屋号はこれを物語っている。」

と書かれている。一般に水戸城下から福島県の棚倉を結ぶ「棚倉街道」は今の国道118号線(常陸大宮を通る)と、もう一つ国道349号線(常陸太田を通る)の2つのルートがあるようだ。

この静地区は国道118号線に近い。この道は水郡線に沿った道で、袋田の滝の道でもある。

常陸国風土記の久慈郡に「郡家の西十里のところに、静織の里がある。ここで初めて倭文を織る機が使はれたことから、名付けられた。北の小川には、青色の瑪瑙がとれ、良い火打石になる。よって玉川と名付けられた。」(口訳・常陸国風土記より)

と書かれている。

倭文は「しず」「しどり」「しずり」などと読み、古代の織物のことで、静織=倭文 からこの神社の名前になった。

祭神は初めて機織をしたという「建葉槌命(たけはづちのみこと)=倭文神」を祀る。ただこれも最初は「手力雄命」を祀っていたという。

風土記に出てくるもう一つの「玉川」は今もこの名の川が静地区の北を流れ、久慈川に注いでいる。
この玉川からは、昔はメノウが採れたという。

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静神社の創建は明らかではなく、鹿島神宮に次ぐ二の宮として有名で、特に水戸藩の祈願所と定められ、繁栄した。

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例祭は4月2日で、国宝の銅印(奈良時代末期の作)が保管されています。その銅印には「静神宮印」となっており、神宮としての格式があったのかもしれません。

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社殿入口の「神門」(唐門)

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この里が昔から「静織(しおり)の里」と呼ばれ、初めて織物が織られたと伝えられていることから、唐門の手前左側にこの「織姫像」が置かれています。東京織物卸商業組合が寄進したものとのこと。

常陸国には古い養蚕の神社も多く、全国の養蚕神社の基になっている。何か関係があるのか。
いつか調べてみたい。



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養蚕・織物関係 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/11/10 06:57
コメント
No title
こんにちは、

今月の25・26・27日は静神社の大祭ですね。
一度行ったことがあるけれど灯籠がともって綺麗でした。
夕方は寒いのが難点ですがとても賑やかだったと記憶しています。
Re: No title
kurokenさん
こんばんは。
コメントありがとうございます。

看板には秋季大祭11月25日 宵宮祭・織物祭 26日:初日祭、27日:二日祭
なんて書いてあった。

確かに灯篭が灯れば夜でもきれいでしょうね。
情報ありがとうございます。
でも行けそうにないです。残念です。
静神社
こんばんは
静神社って馬頭にも同じ名前の神社があります。
乾徳寺の隣の神社です。詳しい事は何も知らないのですが…。
関係あるのでしょうか?機会が有ったら神社のお世話役の方に
伺ってみたいと思います。
Re: 静神社
fumiさん
こんばんは。
静神社って結構あるようですね。
京都は静御前をお祭りしているそうですが、
馬頭の静神社をみたら、徳川光圀公と関係しているらしいです。
こちらの静神社が光圀公の祈願所ですからその関係かもしれません。
馬頭は水戸徳川藩と関係が深いですね。
やはり半分は茨城県ですね。

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