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石岡の醤油産業は何故廃れたのか?(6)

 約1か月前まで、この石岡の醤油産業について5回にわたり書いてきました。
今日はまだ書いていないことを少し追加しておきたいと思います。
 先日「石岡市史 下巻」を見ていたら、この醤油産業について気になる記述を見つけましたので転載したいと思います。
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このように明治末には、醸造高、人気ともに県内最大の醸造地に発展した「石岡の醤油」も、その後は銚子、野田の発展にとり残されて、現在では醤油醸造業を営むものすらなくなっている。これは、醤油醸造業が第一次世界大戦前後から低廉な満州産輸入大豆を原料にし、従来の地場産業的性格を急激に薄めていったにもかかわらず、石岡の醤油醸造業が地理的条件などで適応できず、また大量生産に即応するように資本投下をおこなわないで小規模資本のまま推移していったことに原因があるとされている。
 しかし、このような外的な経済条件に対応すべき醤油醸造家自身の経営姿勢にも問題がなかったわけではない。例えば、石岡の醤油が最も盛んであった明治末期に、当時の「いはらき」新聞の記者は次のように指摘している。「野田醤油の原料は我が山根小麦、北条大豆を主としている。然るに石岡醤油が其同一の原料を以てして、尚ほ野田、銚子の醤油の声名に及ばざるものは甚だ惜むべき事で、其品質の点に於ては決して優劣のあるものとも覚えず、又あるべき筈がないと信ずるのであるが、要するに野田、銚子が広告術に巧みなるに反し、石岡がヂッとして顧客を待つといふ傾むきがあるのが其一原因をなして居ろうと思ふ。」
 また銚子の大手醤油醸造家浜口儀兵衛商店が大正12年に茨城県の醤油醸造について調査した・・・・・「概括的感想」として次のように述べられている。
「此の方面の醸造家は新進気鋭の気風に乏しく品質の改善、販路の拡張等に意を用ゆる者少なく其産額も年々幾分の増加を見つつあるも夫れは従来の販路に於ける人口増加に供ふに過ぎざる有様にて前途は兎も角現状は左迄逼迫したる訳にもあらず、年々縦令少許たりとも売行増加しつつあれば今直ちに多大の費用及労力を投じてまでも改善を為すに及ばずと思惟し居るものの如く、・・・・・・」
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 このように記しています。少しそのまま載せると少し問題もあり、内容を一部割愛しました。
銚子の浜口儀兵衛商店は今のヤマサ醤油の前身で、江戸時代に紀州からやってきて醤油製法を伝え、広めていったといわれています。
その第10代義兵衛は明治26年から昭和18年にかけ社長を務め、その後も会長となって醸造業の発展に努めた人物です。
ロンドンで発酵学を学ぶなど醸造の研究にも熱心で、第一次大戦後の好況を機に、社屋を移転・新築して施設の近代化を図ったといわれています。

「石岡市史」は市が発行したものですが、めずらしく意見が述べられており、この章の編者には敬意を払いたいと思います。
ここに書かれているように、醤油業が廃れた背景に、この地方の身内主義、外部に販路を求めていかない気風があるのが読み取れます。
綿々と続く平氏一族の血が引き継がれているのでしょうか。ゾーットしますね。
これは今の石岡にも言えることだと思います。まったく同じ状況を感じます。
狭いエリアの中の人達をどのようにするか。自分たちさえよければ良い。
補助金で仕事をもらい、細々と先祖から受け継いだ土地を守っていけばいいんだと。
外部から来られる人を、皆お客さんとして、迎えなければこの町の発展はないと思います。
石岡はとても外国人が少ない街です。英語の看板も申し訳程度小さく表示されているだけです。
少しずつでもよいので、若い人たちは外に出て、見聞を広め我が町を見直してみてください。
何が足りないのかが見えてくるはずです。
もちろん商業・産業の積極的な誘致も必要です。誘致のための予算もわずかに採られています。
しかし、柏原工業団地も空地となり草の生えたところも多くなっています。
 私がこのテーマでブログを書いているのを読んでくださった方から、「昔、石岡の醤油醸造会社の方に野田の醤油醸造家から、一緒にやりませんかと話が来たそうですが、その時石岡の醸造家は鼻息が荒く、どこの馬の骨かもわからない者など相手にできないと断ったそうです。」と教えてくださいました。
本当にそうなのでしょうね。本当にやりきれない思いがしてきてしまいます。
20年~30年後にこの町をどのような方向に向けていくのでしょうか。
市税の使われ方などを調べていくと愚痴ばかり出そうなので「見てみないふり」をしています。
お金など掛けないで宣伝力を養うことを勉強しましょう。
きっと同じように思っている人も多くいると思います。
あっ。それから石岡に一件、今でも醤油を造っているところがあります。
泉町(正式には府中3-1-8)の「石塚醤油醸造味野蔵(あじのくら)」さんです。
全てなくなったわけではないので念のため。これからも頑張ってほしいものですね。

醤油産業 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/10/17 16:44
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