fc2ブログ

イベント広場の変遷(4)

 イベント広場の過去を調べていったら、石岡の製糸産業の歴史が見えてきました。
今後、この広場を町おこしの象徴的なものとして使っていけばよいのですが、何か雲行きは怪しくなっていますね。
このタイトルで今後、何時か書くことがあればよいのですが・・・・。
 さて、昨年この敷地の一部の発掘調査が行われました。
市の広報でこの調査結果として、すこし変わった内容を報告していました。
この土地から昭和の年代が特定された歯磨き粉が見つかったというのです。
昔の女工さんが使ったのであろうとのことでしたが、これしか見つからなかったのかもしれません。

 しかし、昔の地図でみるとこの場所はやはり国分寺の寺域であったと思われます。
平成11年にすでに一部について遺跡の発掘調査が行われ、国分寺に関係すると思われる溝が9条,さらには8世紀から9世紀の竪穴式住居跡178軒が試掘溝で確認されているそうです。
 ここに建造物を建てる場合は、これらの詳細調査が必要になります。
この調査で、昔の国分寺の遺構もはっきりと出てくるととても楽しいことになります。
発掘調査経費が4,000万円程度を見込んでいるので、調査が進んでほしいと願うものです。
イベント広場の場所の調査で、今後昔の国分寺の時代がわかるのか、それとも新たな未来の扉が開くのか・・・
この続きを書くことができる日を待つことにします。

製糸産業 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2010/10/21 18:29
コメント
神栄 石岡工場について
ひきこまれるように読みました。実は私の父(すでに亡くなっています。)は神栄の社員でした。石岡の工場に在籍していたこともあり、私は石岡生まれであります。(昭和31年)石岡に父がいましたのは昭和29年~33年ぐらいらしいのですが詳しいことはあまり聞いておりません。私も1~2歳までしか石岡にいませんでしたのでほとんど記憶がありません。社宅暮らしをしていたとのことですが社宅は工場の近くにあったのでしょうか?詳しいことがまったくわかりません。是非一度は自分が生まれた石岡に行ってみたいと思っているのですが現地のことがまったくわかりません。現地には資料のようなものはないのでしょうか?

管理者のみに表示