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藤原不比等の子孫?

 さて、石岡の町中で自分の祖先の話が良く聞こえてきます。
先日ある方の話として、「先祖が藤原不比等です」といわれたのを又聞きしました。
直接伺ったわけではありませんので「それはすごいですね」とも言いませんでしたが、
またある方は「私の先祖は平安時代に都よりこちらに来た公家です。」などといわれます。
私は昔の祖先がどのような方であるかにはまったく興味がないので、お話は「そうですか」と聞くばかりですが、逆に何かこんな話題が普通に聞かれる環境に驚かされてしまいます。
 私の家系は新潟でその昔、平家方のようですが、本家では家系図を大事にしており、1000年くらい遡れるような話も聞いていますが、一切興味はありませんし、確認したこともありません。
民族はほとんど混血で進化してきました。純潔では却って退化する危険があります。
日本は島国で、単一民族だなどと寝ぼけたようなことを言った国会議員もいたそうです。
 ところで、藤原不比等は藤原鎌足の息子で、藤原家を発展させた祖といわれます。
藤原鎌足は中臣鎌足であり、大化の改新で名前が出てきますね。
この中臣家は九州から大和に登り、そして鹿嶋にやってきたと思われます。
鎌足はその名前からも鉄に関係しているのでしょうか。
鹿嶋の生まれではないかと考えられています。
出生の説はいろいろありますが、奈良の春日大社は鹿島神宮崇拝の象徴でもあり、鹿嶋出生説が正しいように思われます。
藤原不比等の娘が光明皇后(聖武天皇后)で、このあと皇族とかかわり権力を持って行ったと思われます。
しかし、光明皇后は貧しい人に救いの手を差し伸べ、薬草を集めたり、非常にボランティア的な働きをしていますので人間的な魅力もありますね。
光明皇后の亡き後に建てられた「法華寺」は全国の国分尼寺の中心となりました。
法華寺の十一面観音像はこの光明皇后をモデルにしたといわれ、本当に傑作です。
私の大好きな仏像の一つです。学生時代京都にいた私の妻もこれが一番好きだといっていました。
国分寺や国分尼寺などはこの聖武天皇や光明皇后とつながっているので興味がわきますね。

街中の様子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/10/30 19:10
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