FC2ブログ

子安神社(3)

昨日載せようとしていましたが、別な記事を挟みましたので今日になりました。

ところで、土浦の駅前のウララに入っているイトーヨーカドーが来年2月に撤退だそうです。
その空いたフロアを土浦市で買い取る交渉をしているそうです。
市役所も建て直すので、この跡地になどと言う話もあるようですが止めた方がいいですね。
駅前はやはり活気がなければだめです。

 今日は子安神社の3回目です。胎安神社と合わせれば4回目です。
まあ、この神社に3回も4回もかけて書く人もまずいないでしょう。

訪れて見れば特になんでもない神社です。子安神社は参道に大きな山椿の木が並びますので、この椿を見に行く人はいるようです。今月には見られるようになるのでしょうか。

さて、この2つの神社は出産・子育ての神社です。
胎安神社では再選を0円入れてお参りしたのにお茶をいただき申し訳ない思いでした。

さてここで祀っている神様は鹿島香取の神と「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」を祀っているのですが、この神様は伊勢神宮内宮の子安神社でも祀られていて「木華開耶姫命」と書かれていますが、読み方は一緒です。

「木の花(桜や梅)が咲くように美しい姫」の神様です。良い名前ですよね。木花之佐久毘売とも書かれます。
神様になってしまうと何だか美しさがわからないですよね。

神話を読めばわかるのですが、簡単にお話ししておきます。

日向の地(高千穂)に降り立ったニギニギのところに天の大山津見神より二人の姉妹が送られてきます。
姉は醜く、ニギニギは妹の木花開耶姫命だけを妻にし、姉は送り返してしまいます。

妹は子孫繁栄の子宝に恵まれる娘であり、姉も妻にしていれば永遠の命をもたらされたというのです。
妹だけを妻にしたために人間には寿命ができて、人は皆死ぬ運命になったというのです。

さて、このニギニギと1晩過ごした木華開耶姫は身ごもったので、身ごもったのは自分の子供ではないかもしれないとニギニギは疑いを持ちます。

そこで、木華開耶姫はもしあなたの子供でなければ、火の中では無事にお産は出来ないだろうと自ら産屋に火をつけてその中で3人の子供を産みます。

その3番目の子供の子孫が天照大神です。

この話はこれくらいにして、この子安神社の拝殿を少し見ておきましょう。
一昨日の記事に龍の彫り物があったところです。

koyasu11.jpg

拝殿の中には正面に2枚の「正一位子安大明神」の額があり、そのまわりに、たくさんの奉納された絵馬がかかっています。

みな古びていて読むことができません。

koyasu15.jpg

子安神社の新しいHP(昨年末?)に紹介されていましたのでサンプルとして一つ紹介します。
これは「寛延三巳巳年(1750年)9月吉日 土浦横町田町鉄砲宿 男女講中」だそうです。

その他に「寛保三年 鳥羽田村内増山 同行二拾六人」など江戸時代の講中で訪れたことが記録されています。

絵馬には1700年~1900年頃の様子が描かれており結構興味深いです。

まあこんなところにまで興味を持つの少ないかもしれませんね。

この神社も昔はもっと色々な飾りなどがあったそうですが、盗人にあってかなり失われてしまったといいます。
皆さん大切に後世に残していきましょう。

実はこの子安・胎安神社の間の通りが鎌倉時代に「鎌倉街道」と呼ばれていたというのです。

そして、この道が土浦の方につながっていたのではなく霞ケ浦の方に向かっていたようなのです。

やはり美浦村から舟に乗り牛渡の方にわたり、こちらへつながっていたのでしょう。
それが江戸時代になり全く違う道になって廃れて今では道さえあやふやになってしまったようです。

子安

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 茨城県情報へ  ← よろしければクリックお願いします。

志筑・かすみがうら地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/02/06 19:08
コメント

管理者のみに表示