FC2ブログ

石岡の街並み(7)

 昨日は東京赤坂近くにいましたが、朝6時頃から雪が降り始め2時間くらい結構強く降りました。
寒い日になってしまいましたが、今日は太陽も照ってきて気持ちが良い日になりましたね。

 今日3月11日で震災後1年経ち、テレビでも映像がたくさん流されていました。
これをみるとまた、色々に複雑な思いがわいてきます。

どうも日本人は日本人としてのアイデンティティを持たなくなった人も多くなってきたようで少し寂しい気がしますが、これも戦後教育のなせるわざかもしれません。

原発事故で考え方のまったく異なる人たちが存在します。
どちらが正しいかなどと答えが決まるならいいのですが、この問題は生理的な感情論と同じで多数決で決める民主主義で解決することがほとんど出来ないように思います。

ですからここでこっちがいいんじゃないかなどと叫んでみても意味がありません。
例えば原発の100km以上離れていても、不安でどうしようもなく遠くに一時避難をした人はたくさんいます。
(石岡は福島第1原発から約150km離れていますが、関西方面へ避難した人もいるようです。)

放射能などほとんどない原発から離れた場所の津波被害で出たガレキ処理さえ受け入れると、反対住民が泣き叫ぶ。
これは生理的な感情論です。話し合いなどできないのです。
頭でわかっても生理的に受け入れられない人がいるという気がします。

また、福島の原発で町ごと避難して、場所を転々として、仮設住宅に9月頃から多くの人が住んでいます。
原発事故のため、仮設に入っている人は賠償金(10万円/月)が支給されています。
でも仮設を出れば打ち切りです。家に帰れば賠償金はもらえません。

でも受け取っている人も口は重いんです。

これでは戻ることができる地域の人も仮設から出るに出られない。年寄りなら尚更です。
皆さん口が重く、コミュニティも築けないようです。

仮設は2~3年と言われていますが、今後帰れる場所の見通しが無い人もたくさんいます。

先日いわきの仮設に避難している人の話で、放射性物質の中間置き場の設置の説明会が行なわれたそうです。
そこに参加された人の話をお聞きしました。
その方は、その設置場所が自分の家のすぐ目の前だったそうで、すっかり元気を無くされていました。

私達は日本人としてどのようにこの事故の復興に向き合っていけばよいのでしょうか。

生理的に受け入れられない人を説得することはほとんど期待できないですね。
これもゴミの償却などが小さな市町村単位でしかないことも障害になっています。

市町村のゴミ焼却場の設置や火葬場の設置などもどこか似た構図がありますね。

そんなことをしているうちに、どこかでまた大きな災害が起こるかもしれません。
何時自分の身に降りかかるかわからないですね。

震災後1年のこの日に1年前を思い出しておりましたが、あまり意見を書くのは止めておきましょう。

 さて、今日は石岡の中町通りにあるお菓子屋さん「あさ川」さんです。

asakawa02.jpg

震災前の「あさ川」さんです。屋根は瓦屋根でした。

asakawa01.jpg

震災後に修理した「あさ川」さんです。屋根の瓦が大量に落下し、壁も一部は新しました。
このため屋根がスレートでしょうか変更されていました。
復旧も早くこれも登録文化財に指定されていない強みかもしれません。

このお店の向かい側斜め先にドラックストアができて、景観はすっかり変わってしまいましたが、これも市議会で景観法が成立していないためだろうと思います。

景観法についても市民にアンケートをとり、私にも依頼があったのでそれなりに一生懸命に書いた。

しかし、それを何に使ったのかと調べたら、アンケート結果をグラフにして発表したほかは各種の国の申請の報告書のネタとして使われただけ。虚しさのみが残ります。

さて、話が飛びましたが、このドラックストアの隣りが文化財指定を受けている「福島砂糖店」です。
屋根も大分震災でダメージを受け、こちらは文化財として修理を現在行なっています。

この福島砂糖店さんとあさ川菓子屋さんは現在も店の奥と結ぶトロッコの軌道跡があり、福島砂糖店さんは現在も使っています。
この福島屋さんのトロッコレールは通りを歩いていても見えるのでわかりますが、あさ川さんのレールは奥にあって、他の方のブログで知りました。(こちら

もともと石岡の店は京都などと同じく間口が狭く、奥が深いとても細長い敷地に建っています。
間口税の影響だとも思いますが、奥に置かれた重い商品や材料などを店の方に持ってくるのにこのトロッコが使われたのでしょう。

こんなところを見るのも石岡散策の楽しみかもしれません。
おまけに、この福島砂糖店さんにはおもちゃのフィギュアが置かれています。

またあさ川お菓子やさんはもとは石油店(細谷商店?)さんをしていたようです。
2階に昔の品などを展示されており、お茶なども飲めたようですが、震災後の情報は聞いていません。
昭和4年の石岡の大火災の時にも油タンクなどの炎上もあったようですので、震災は忌まわしい思い出かもしれません。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 茨城県情報へ  ← よろしければクリックお願いします。

石岡の街並み | コメント(10) | トラックバック(0) | 2012/03/11 18:35
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
一年
地震から一年たったのですね。
震災直後にこちらで、石岡の情報を得て、ほっとしたの覚えています。
私は東京に住んでいて、両親が石岡なので。
「あさ川」さんの瓦も被災したのですね。
お祭りのときしか行かない市内ですが、この「なかまち」は好きです。
たしか、「丁子屋」さんという店舗は市で借りているというけど江戸時代みたい雰囲気があってよかった。
あと、小路を入ったところに綺麗な呉服屋さんがあって、飛騨高山か京都みたいな感じで毎年、寄ってます。
ふたつとも文化財だったと記憶しています。
こちらも被害にあったのでしょうか?好きな街だけに心配です。
あさ川・高喜
あさ川の定番商品は「水戸の梅」や徳川の御紋付きの「殿中」など水戸のお菓子で、本店も水戸ですし、石岡の店もこの場所では昭和40年代ですから、石岡として親しみは感じず、出張所の感じですね。
 もとの細谷石油店は1階はガランドウの店でしたが、2階は記憶になく建物を継承したのかどうか?

 ドラッグストアですか、福島砂糖店の隣に!? 唯一の‘歴史地区’が台無しですね。
その場所は呉服店高喜が在った場所です。土蔵造りの呉服の名店でしたが石岡大火で、土蔵にも拘らず焼け、戦後は洋品店に転換し、それもいつ頃だったか閉めました。呉服屋は他に香丸町のゑびす屋があり、そしてそれらの店で売られた反物を仕立てる‘お針屋’も石岡市中にはあったのでした。

 大火のことが出たついでに、記録に書かれていない誰でも知っていた話を。火元の家は自分が火元ではない、あっちだと別の家のせいにして早々と再建してしまった。ところがやがて真相が分かった時、町の人が押しかけてみんな石を投げたとのこと。そこの人は夜逃げのようにして居なくなったと。
 昭和30年ごろは、その場所には奥行きのある常設市場のようになっていて、マーケットと呼んでいました。
 …またしても取り留めなく…
山うさぎさん
こんばんは。

> 震災直後にこちらで、石岡の情報を得て、ほっとしたの覚えています。

あの時は1カ月近く情報を流しましたね。
石岡でも家屋の被害はそこそこありました。我が家も屋根瓦を修理しました。

> 私は東京に住んでいて、両親が石岡なので。

そうですか。御心配されたのですね。
でも人的な被害はなくほんの少しの方が雇用促進住宅に入られました。

> たしか、「丁子屋」さんという店舗は市で借りているというけど江戸時代みたい雰囲気があってよかった。

この丁子屋さんはこの通りでは唯一の江戸時代の建物で染物屋さんでした。市で借りて「まち蔵藍」という土産物屋や駄菓子なども売っています。
しかし壁と屋根に被害を受け9月のおまつりの前までに通り一遍の修復をして、その後本格修復をしています。
ほぼ修復は終了したのではないかと思っていますがまだ完全なオープンはしていないようです。

> あと、小路を入ったところに綺麗な呉服屋さんがあって、飛騨高山か京都みたいな感じで毎年、寄ってます。

この栗山呉服店さんは見た目は大丈夫のように見えますが、いくらかは被害があったかもしれません。
その他、中町では小泉屋旅館・薬局、パーマ屋、横町の有名なラーメン屋「朝日屋」駅前のタヌキの置物が目立った鰻屋さんなどが建て壊しとなりました。

少しずつ減っていくのは寂しいですが、また町が活気を取り戻してくれるのを願っています。
Re: あさ川・高喜
忠顕さま

> あさ川の定番商品は「水戸の梅」や・・・・など、本店も水戸ですし、石岡の店もこの場所では昭和40年代ですから、石岡として親しみは感じず、出張所の感じですね。

あさ川というお菓子屋さんは茨城各地にありますね。水戸が本店なんですね。
でも水戸のお店が出店するのを嫌う風潮があればこれからも石岡の発展は望まれないと思いますよ。

>  もとの細谷石油店は1階はガランドウの店でしたが、2階は記憶になく建物を継承したのかどうか?

昔の石油を運んだ軌道や2階の展示物など歴史を残そうと頑張っていると思っています。
現在の経営者はどなたかは知りません。細谷さんのところがやっているのかもしれません。

> ドラッグストアですか、福島砂糖店の隣に!? 唯一の‘歴史地区’が台無しですね。

中町の景観を台無しにしています。大きな看板は少なくても規制されるべきだと思います。
でも明るく、駐車場も広いので便利と感じる人もいるでしょうね。

> その場所は呉服店高喜が在った場所です。土蔵造りの呉服の名店でしたが石岡大火で、土蔵にも拘らず焼け、戦後は洋品店に転換し、それもいつ頃だったか閉めました。

この高喜はデパートのようで有名でした。近隣からも多くの人が来ていました。このお店は知っていますよ。高喜がつぶれた。石岡信金がつぶれたと話題になりました。

また貴重な情報ありがとうございました。
知らないことだらけです。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
お礼
コメントに御返事ありがとうございます。
「まほら」のファンでいつも楽しく読んでます。

去年はお祭りに帰れなかったので、今年は必ず帰って、中町の丁子屋さんや栗山(名前を忘れてました^^;)呉服店さんを訪ねて行きます。
女子なので、かわいいものを売っているお店や雰囲気のいいお店が大好きです。
お祭りの布製ストラップのコレクターで各町内のを集めているので、今年もまた買わねば!です。

「朝日屋」さんは取り壊しになったのですね。
ラーメンが美味しいというので、一度食べてみたかったのですが・・
本当にどんどん、空き地などが増えるとさびしくなります。
石岡には頑張ってほしいです。

ROMANさま これからも遠くにいるもののためにも石岡のこといろいろ教えてくださいね。
山うさぎさんへ
> 「まほら」のファンでいつも楽しく読んでます。

わあ、とてもうれしいです。これからもがんばりま~す。

> 女子なので、かわいいものを売っているお店や雰囲気のいいお店が大好きです。
> お祭りの布製ストラップのコレクターで各町内のを集めているので、今年もまた買わねば!です。

是非帰ったらまたお店にも寄ってくださいね。丁子屋さんも復旧終わったようです。
笑魚堂さんのお祭り携帯ストラップなども検討して見てね。

> 「朝日屋」さんは取り壊しになったのですね。

昔はお肉屋さんだったそうですね。でも高齢化が進み若い人が少なくなっていくのは寂しいです。

> 石岡には頑張ってほしいです。
> ROMANさま これからも遠くにいるもののためにも石岡のこといろいろ教えてくださいね。

いろいろなジャンルに挑戦中です。市内のこともこれからも多く載せていきます。
No title
こんにちは「まほら」のファンでいつも楽しく読んでます。
今は東京在住ですが生まれも育ちも石岡。
昨年の震災で石岡情報を検索していてこのブログに辿り着き、以降懐かしい故郷の香りに惹かれて
拝見させていただくようになりました。

今回は石岡の街並みの特集ですね。懐かしくもありながら、高校まで過ごした街なのに気がついてなかったことが多くて驚いてます。

高校時代の私には石岡は刺激が少なく、いつか東京へ出てやるぞとばかり考えてました。この通りは毎日通ってましたが、いつも図書館(勉強)、朝日屋(昼飯)、実家のルートで。。。何も気がついてなかったですね。40近い今になって、このブログを見てようやく良さがわかってきました。

今度実家に帰ったら改めて石岡を見直してみるつもりです。
引き続き宜しくお願いします。
コメントうれしいです。
こんにちは。

> こんにちは「まほら」のファンでいつも楽しく読んでます。

とてもうれしいです。ファンなんていってもらうと小躍りしてしまいますよ。(笑)

> 今は東京在住ですが生まれも育ちも石岡。
> 昨年の震災で石岡情報を検索していてこのブログに辿り着き、以降懐かしい故郷の香りに惹かれて
> 拝見させていただくようになりました。

1年前の情報発信以来見ていただいていたのですか? うれしいです。
石岡ばかりでなくまわりの記事も多いので、この町出身の方には物足りない時もあります。

> 今回は石岡の街並みの特集ですね。懐かしくもありながら、高校まで過ごした街なのに気がついてなかったことが多くて驚いてます。

石岡の町の紹介はまだ途中なのでまたしばらくしてから再開する予定です。
震災で修理中や取り壊しのところもたくさんあります。もうじき落ち着いてくるでしょう。

> 高校時代の私には石岡は刺激が少なく、いつか東京へ出てやるぞとばかり考えてました。この通りは毎日通ってましたが、いつも図書館(勉強)、朝日屋(昼飯)、実家のルートで。。。何も気がついてなかったですね。40近い今になって、このブログを見てようやく良さがわかってきました。

意外に地元の方はその土地しか知らないので気がつかないことも多いですね。
この土地を離れてみて良さが再認識される。とても素晴らしいですよ。

> 今度実家に帰ったら改めて石岡を見直してみるつもりです。
> 引き続き宜しくお願いします。

こちらこそよろしくお願いします。
もうこのブログの目的も半分くらい果たせているんではないかと嬉しくなりました。
もう少し続けられるところまで頑張っていきますね。
時々コメントもいただけるとうれしいです。

管理者のみに表示