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出島散歩(23)-宍倉平-福蔵寺

 茨城県かすみがうら市は旧千代田町と霞ヶ浦町が平成合併してできた。
この霞ヶ浦町はその前は出島村といった。(千代田町は千代田村だった)
霞ヶ浦の西側は二つの入江が伸びており、ひとつは土浦市と接しており、もう一つは石岡市に接している。
この二つの入江に挟まれて霞ヶ浦に飛び出した地域を出島といった。
名前のとおり霞ヶ浦に出っ張った島のような形だが決して大昔を除けば、昔海だったり浮島のような場所ではなく、昔から陸地であった。

明治の初め頃までは霞ヶ浦の水運で結構盛んな時期もあったが、鉄道や車社会になると人の行き来が減り、取り残されたような場所となった。

バスも神立駅から1日数本しか出ていない。
しかし、この出島の先端から対岸の行方市に「かすみがうら大橋」ができ、土浦からの道路の整備も進んで一部ではあるが徐々に賑わいも取り戻しかけてもいる。
しかし、訪れてみてやはり地元に住む人以外の人が行くには、まだまだ交通も不便であり、魅力的なものも少ないとも感じる。

今回3月16日からこの「出島散歩」としてほぼ毎日紹介をしているが、最初は1週間程度で終わらせるつもりであった。
しかし、これもあと数回で終りとなるので、約1カ月間続けることになる。
訪れてみると、何もないと思っていたところが、意外なお宝が眠っていたように思う。

柳田国男が「遠野物語」を書いて、一躍遠野地方が脚光を浴びたわけだが、この場所もそんな宝はいくらでもありそうだ。

私が、この地のことを取り上げることについて、石岡の人たちにはきっと「つまらないところとをとりあげたもんだ」と切り捨てられるかもしれない。

しかし、古東海道終点の都市「石岡=常陸府中」のことを思えば、この場所を昔は通って都と行き来をしていた時代があるはずなのです。

柳田国男は12歳からの少年時代にこの「古東海道」の通っていたと思われる利根川町(旧布川村)に住んでいます。何か感じるものがあったのかもしれません。

さて、今日も偶然見つけた気になる場所の紹介です。

 前に宍倉城本丸跡を紹介しました。
この宍倉城も比較的大きな城で、この辺り一帯を城郭の一部として管理していたようです。
そのため、戦国末期までの中世の信仰・思想などを知る古いものが残っているように思います。

今日はこの県道118号線を出島の先端に向かって走っていた時に見つけた「福蔵寺」を紹介します。

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街道を宍倉の街並を抜けて一旦下がってまた登ったところが「安食(あんじき)」という少し変わった地名のところに出ます。
この入口のところが「平」という場所で、この通り沿いに畑の中に置かれたようなお堂が1つ建っています。
このお堂が「福蔵寺」という真言宗の寺だそうです。
現在は無住で、石岡市井関にある「盛賢寺」という水戸藩に擁護された比較的大きな真言宗豊山派の寺が管理をしているそうです。

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ご覧のように通りからすぐ石段があって、お堂(寺というらしい)は門も塀もありません。
寺の額にはほとんど読めなくなったような薄い字で「樹栄山福蔵寺」と書かれてります。
ネットで調べると「寿栄山福蔵寺」となっています。漢字が違うということはそれだけ歴史があるのかもしれません。

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この上りの石段の横に面白いものが置かれていました。
「四十七番八坂寺写」「丗九番赤亀山写」などと書かれています。
これは四国八十八ヶ所霊場の寺や山号です。
それに一つずつ仏像が掘られています。

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多分四国の霊場でそのご本尊である阿弥陀如来や薬師如来の像を写したものかもしれません。

中世に鋳物で像を作ることが流行り、像の鋳型がたくさん作られました。
この鋳型を持ち帰り、寺に安置したものは「百観音」などといわれ、対象は秩父・坂東・西国でした。
このような四国霊場の像が信仰されて置かれているのは何があったのでしょうか。

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泉鏡花の「高野聖」という少し艶かしい小説がありますが、高野山の下層の僧侶が全国に勧進という募金を集めて回っていたのです。
この福蔵寺には毎年1月17日にお寺にある「大般若経」を持って各家庭を周り、お札を配るそうです。そしてその時にお礼にお米を奉納したそうです。今はお米ではなく現金になったそうです。

この石像群の中に少し変わった文字が彫られている石柱が置かれていました。
なんと書かれているかよくわかりませんでしたが「盗人」などという文字も見られます。
なんとなく気になったので紹介しておきます。

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このお寺はご覧のようにまわりが囲われていません。すぐ裏は果樹?畑です。 周りの林の方からは盛んにウグイスの鳴き声が聞こえていました。



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出島散歩 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/04/11 19:18
コメント
石仏
 古い物に関心を持つのは、その物を作った人間の情念に思い致すからですが、この古そうな石仏にもちょっと関心を持ちます。
 同じような坐像が多く見えますすが、どうやら真言宗の開祖・弘法大師空海像ではないかと思います。「大師」という文字も見えます。傷みか風化か激しいので相当古いような印象を受けますが、江戸時代のものなのでしょう。なぜなら四国霊場の巡礼がブームになったのは江戸時代で、それに伴って霊場ごとの石仏が沢山作られたそうですから、そのコピーも江戸以降であろうと。
 私の娘婿は高松出身で88霊場周りを達成したそうですが、私は3箇所ぐらいしか行っていません。
Re: 石仏
忠顕さま

今日もコメントありがとうございます。励みとなっています。

>  古い物に関心を持つのは、その物を作った人間の情念に思い致すからですが、この古そうな石仏にもちょっと関心を持ちます。

田舎に行けば同じような石仏が残されています。
主には道祖神系のものが多いのでしょうが、このように空海(弘法大師)の密教思想が各地に残っているのも私のような現代社会しか目にしてこなかった者には目新しく映ります。

> 江戸時代のものなのでしょう。なぜなら四国霊場の巡礼がブームになったのは江戸時代で、それに伴って霊場ごとの石仏が沢山作られたそうですから、そのコピーも江戸以降であろうと。

おそらく私も多くは江戸時代のものだと思います。
そのなかにもう少し古いものも入り混じっているかもしれないなどと勝手に想像しています。

> 私の娘婿は高松出身で88霊場周りを達成したそうですが、私は3箇所ぐらいしか行っていません。

だんだん歳をとると88箇所巡りなどもやってみたい気になってきます。
私も四国は何回か行っていますが、霊場は同じくらいしか行っていません。
四国も大橋などできましたが、都市を結ぶバス以外の地方のバスはほとんどなくなりコミュニティバスくらいが走っています。寂しいですね。

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