出島散歩(30)-霞ヶ浦大橋
出島という名前は霞ヶ浦に突き出した半島や島のような場所から名付けられた。
このため鉄道が敷かれ、国道が整備されてからはここに用事がなければ行くことはほとんどない地方となった。
そのため、ここに橋を架け道路を通すことが悲願であった。
そんな希望がかなって、ここに大橋ができたのは昭和62年(1987)であった。
当時は有料(普通車360円)の橋であり、少し迂回すればこの橋を利用しなくても済むため、利用状況は芳しくなく、平成17年(2005)に無料となり、現在は土浦側からの道路整備も進むとともに、対岸の行方側の政策による地域開発も盛んとなっている。
茨城空港へも近いアクセス道路も整備が盛んになっている。

出島側から対岸の方向を見ている。右が霞ヶ浦大橋。対岸の大きな塔は水をテーマとした「霞ヶ浦ふれあいランド」

カモメがたくさん飛んでいる。やはり霞ヶ浦は海なのか?

ふれあいランドの近くは道の駅や大型店も出店され始めている。
現在、霞ヶ浦に架かる橋は東の潮来方面を除けば西側ではここだけである。
更に2本(霞ヶ浦二橋)作ろうという運動が行われている。(参考→こちら)
これは阿見から出島地区を横断して玉造から茨城空港へ至る道路建設も同時に行うもののようだ。
もう少し様子を見守っていきたい。
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このため鉄道が敷かれ、国道が整備されてからはここに用事がなければ行くことはほとんどない地方となった。
そのため、ここに橋を架け道路を通すことが悲願であった。
そんな希望がかなって、ここに大橋ができたのは昭和62年(1987)であった。
当時は有料(普通車360円)の橋であり、少し迂回すればこの橋を利用しなくても済むため、利用状況は芳しくなく、平成17年(2005)に無料となり、現在は土浦側からの道路整備も進むとともに、対岸の行方側の政策による地域開発も盛んとなっている。
茨城空港へも近いアクセス道路も整備が盛んになっている。

出島側から対岸の方向を見ている。右が霞ヶ浦大橋。対岸の大きな塔は水をテーマとした「霞ヶ浦ふれあいランド」

カモメがたくさん飛んでいる。やはり霞ヶ浦は海なのか?

ふれあいランドの近くは道の駅や大型店も出店され始めている。
現在、霞ヶ浦に架かる橋は東の潮来方面を除けば西側ではここだけである。
更に2本(霞ヶ浦二橋)作ろうという運動が行われている。(参考→こちら)
これは阿見から出島地区を横断して玉造から茨城空港へ至る道路建設も同時に行うもののようだ。
もう少し様子を見守っていきたい。


出島という地名、今となっては懐かしいですね!
霞ヶ浦大橋、いつの間にか無料になっていましたか・・・^^;恥ずかしながら知りませんでした!
この橋を無料にすることと、新たな橋の建設や道路の建設をすることによって交通の便も良くなり、同時に街が活気づくといいですね!
> 出島という地名、今となっては懐かしいですね!
市になる前は霞ヶ浦町でしたね。でもここは昔から出島の方がピンときます。
名前ってとても大切だと思います。
> 霞ヶ浦大橋、いつの間にか無料になっていましたか・・・^^;恥ずかしながら知りませんでした!
あら、もうだいぶ経ちますよ。一度通って行方の方に行ってみてくださいね。
井上山百合祭り(西蓮寺)の頃など良さそうですよ。
> この橋を無料にすることと、新たな橋の建設や道路の建設をすることによって交通の便も良くなり、同時に街が活気づくといいですね!
陸の孤島はやはり困るので程々には活性化が必要だけれど、なんでも税金を投入すればいいというものでもない。難しいですね。
訪問ありがとうございました。