小川素鷲神社(小美玉市)

 昨日は玉造の素鷲神社を紹介しました。かなり古からありそうな神社ですが、現地に書かれたものがなく記事も中途半端でしたので、後で少し調べてみました。

素鷲神社と言われる前に、「大宝天王宮」と呼ばれていたようで、大宝年間(701年~704年)の創建ということが本当ならかなり古いことになりそうです。

調べてみると滋賀県の栗東市に大宝神社というやはりスサノオを祀る古社があることがわかりました。

こういうこともどこかで他の神社などでもきっと関係が出てくるかもしれません。

さて今日はもう一つの素鷲(そが)神社として旧小川町(小美玉市)にある素鷲神社を紹介します。

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旧小川町の中心部から小川小学校へ坂道を登った先に神社があります。
この小川小学校の高台の台地は昔小川城(園部城)があったところで室町、戦国時代には石岡とも同盟したり、逆に敵となったりしましたが、最後は佐竹氏に滅ぼされてしまいました。

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この神社はなかなか大きな神社で宮司さんもいます。祭りも盛んで、今でも近隣の信仰を集めています。
基本的には天王社で、祇園祭です。山車でひょっとこ踊りもあります。

他のブログで紹介されている神社はほとんど宮司さんがいるところが多いのですが、どういうわけか私が掘り出している神社は誰もいないところがたくさんあるのです。(笑)

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由緒書きによれば、創建は、亨禄2(1529)年、橋本源左衛門、孫左衛門兄弟が園部川より神像を拾い上げそれを祀ったのが始まりだというので、それ程古いものではありません。

昔は天王宮といったが、天保年間(1830-1843年)に素鷲神社に改められたといいます。

ただ、もとはスサノオのミコトを陽神とし園部城外に素鷲神社として祀り、妻となった櫛稲田姫を陰神として園部城内に祀っていたという。

スサノオを祀った素鷲神社も明治2年(1869)に神社を現在の場所に移し、現在は園部城内にあった稲田姫神社を素鷲神社の境内に移して祀っています。

明治3年に小川鎮守となり、明治6年に村社に列し、昭和62年には神社庁特別神社となりました。

本殿は明治32年、拝殿は昭和7年に建立されたものです。

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拝殿の彫刻。

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こちらが本殿です。

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狛犬も趣のある姿です。

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境内にある「稲田姫神社」です。
笠間の稲田神社を思い出しますが、下の説明にあるように平成22年に改築した新しいものです。

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拝殿と狛犬を入れて全体をUPします。

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さて、小川城(園部城)は今はその面影は全くありませんが、小学校やこの素鷲神社の場所は昔の城の本丸のあたりになるようです。

四つの素鷲神社の位置関係をFlood Mapで水面が+3mとした地図に書き込んでみました。

soga (2)

何か置かれている場所に共通点があるように思われます。
もっとも石岡の中心部(まちかど情報センター近く)にも昔「天王社」がありましたので、関係があるのかないのかもわかりません。

しかし、現在の石岡のおまつりのルーツをたどるとこの天王社(牛頭天王)の祇園祭がとても興味深いのです。

また、ただ地図で見て面白いと感じただけです。

特に園部川の河口付近は大きく開いた河口となっていたのがわかります。

この辺の地名が「川中子(かわなご)」となっており、河口部に中洲のような島になっていた頃の地名ではないかと思います。

小川城(園部城)などについてはもう少し調べてみてわかればいつか書きたいと思います。

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小川地区 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2012/05/31 20:21
コメント
面白いです
4つの神社の位置関係。
こんな風に見た事はありませんでした。
面白いものですね。
こちらでは本当にいろいろと勉強させていただいています。
No title
神奈川よりさん:

並べてみたら意外に面白い位置関係でした。

また小川の園部川の河口が、昔はきっと大きな入江になっていたのではないかと気がつきました。

何か興味を持っていただけたなら嬉しいです。

昔の素鵞神社
こんばんは。ちょこちょこお邪魔しておりますが、久しぶりにコメント入れさせていただきますね。
以前の記事で、「いつでもどうぞ」と仰っていただいたお言葉に甘えまして…

城外にあった頃の、この神社の位置をご存知でしょうか?
別の記事にありました天聖寺墓地の傍らに、それを示す小さな祠があるのです。知らない方にはなかなか見つからない場所と思います。これが、現在の素鷲神社からはちょっと想像のつかない、ささやかなスペースなのです。
天聖寺のおまけ?みたいな感じの場所です。

玉里の素鷲神社の記事もありましたが、せいぜいあちらと同じくらいの大きさだったのではないかと想像しています。

歴史に明るくない私の、まったくの想像なのですが、小川は、江戸時代に急激に力を強めた町だったのではないかと思うのです。それは、この町の園部川の船着き場が、水戸藩の御用河岸となったからです。

水運の時代、このあたりの霞ヶ浦沿岸の河岸を有する町としては、もちろん土浦や石岡の方が大きかったわけですが、ここが御用河岸に選ばれたのは、おそらく、園部城が城主不在となったこと+水戸から霞ヶ浦へ出るルートとしては最短の位置にあったことの、好条件の重なりかと思います。(他の記事にも書かれていますが、涸沼から霞ヶ浦までは馬を使っての陸運でした。)

小川には水戸藩の役所も置かれましたし、上層階級の人々が多くなり、またそれらの人々を対象とした仕事をする人々も出てきて、この町の様子は変わっていったのではないかと想像しています。

江戸時代後半になると、藩関係のみならず一般商人の取引も許されてゆき、ますます繁盛して、小さな町ながら活気のある豊かな地域だったことでしょう。
加えて藩の学校(稽医館→郷校)も置かれ、おそらくは学園都市的な様相も呈しました。

そんな藩直轄の河岸の町は、小さいながら、江戸の空気が感じられる時代の最先端的な、ちょっと周辺の田舎からは浮いた感じの地区だったのではないかと、私は想像しています。

富裕層や知識人が多くなった中、江戸の終わりから明治にかけて、天王さまは素鷲神社と名を変え、今の場所へと移ったわけですね。

次回お訪ねの際には、ぜひ、当初の場所を示す祠も、探してみてくださいね。(私がご案内してもいいのですが 笑)

ちなみに、城内にあった稲田姫様の元の場所は、今の小川小学校の裏門(園部城だった頃にはおそらく搦め手だった細い坂道を登り切った所)の奥の崖沿いのあたりだったそうです。本丸の崖側といったところです。
みーたまーさん
お久しぶりですね。前は年初めでしたか?

> 以前の記事で、「いつでもどうぞ」と仰っていただいたお言葉に甘えまして…

はいはい何時でもいいのですが、2年以上前の記事だと自分の記事もすぐには思い出せません(笑)

> 城外にあった頃の、この神社の位置をご存知でしょうか?
> 別の記事にありました天聖寺墓地の傍らに、それを示す小さな祠があるのです。知らない方にはなかなか見つからない場所と思います。これが、現在の素鷲神社からはちょっと想像のつかない、ささやかなスペースなのです。

知りませんでした。また探してみる他の下もできました。感謝します。

小川の駅や常磐線のルート案など興味深いことも教えていただいたように思います。
今の小川はかなり廃れた印象も強いですね。
また一方では量販店の進出もあり昔の姿が薄れて行くようです。

水戸藩とのつながりがかなり強かったように感じます。
また色々お教えください。
小川の祇園祭
こちらの神社では、7月に祇園祭があります。

神社創建翌年から始まったと伝えられていますが、町の隆盛とともに、江戸後期~明治頃が、最も盛り上がっていたのではないかと想像します。
こちらは9町で年番を回して行われているのですが、そのうちの横町で毎年このお祭りを記録している『横町覚書』は、江戸時代のものから残っているそうです。(町の資料館で展示されています)

小川の町自体がそうであるように、このお祭りも、盛り上がった時期のスタイルがあまり変化せずに残っているようで、その希少性や貴重さが昨今あらためて言われています。
昨年は、県立歴史館のスタッフさんが、記録画像を撮りにいらしていました。ムービーは歴史館の企画展で放映され、地元ではDVD販売もされていました。

お祭りの3日間は、町中が参加して盛り上げ、特に最終日の夜などは、普段の静かな田舎町からは想像できないくらい賑わいます。
よかったら、いらしてみてくださいね。

素鵞神社の氏子は今も、現代なりに、敬意をもってこの神社を大切に生活している方が多いと思います。神社はいつもきれいに整備されています。
ちなみに、現在の宮司さんは、創建時のご兄弟のうちの弟・孫左衛門さんの方のご子孫だそうです。
Re: 小川の祇園祭
こんにちは。よく読んでいただいているのですね。
少し恥ずかしい気がします。

この7月の祇園祭は良く記事も見かけますし、現地にも看板があり盛んなのは知っています。
しかし出かけたことは無いので今度行った見たいと思います。
柿岡のお祭りなどと同じ頃ではなかったかと思います。
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鍵コメ様
コメントありがとうございます。

この小川素鵞神社の記事も書いたのは2年以上前です。
でもこうして検索して見つけて読んでいただけるのはうれしいことです。

この地でお生まれになり育って、いまは他所に出ておられてもやはり故郷は懐かしいのでしょうね。
これからも近郊の記事を書いていきますのでまた時々コメントいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

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