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合歓の花

 昨日の記事(江戸崎鹿島神社)で訂正があり記事は訂正しています。
一つは鹿島神社にあった紋は桜の花のようだと書きましたが、これは土岐家の家紋「土岐桔梗」だそうです。
もう一箇所はここの祇園祭りは「八坂神社」(南西の天王地区)との共同の祭りだそうです。400年続いている伝統ある祭りだと書かれていました。
まあ、どこの祭りも一時途絶えているところが多いので、ここのお祭りが途絶えずに続いていたかは知りません。

さて、今日は合歓(ねむ)の花の写真を載せます。

nebu01.jpg

「象潟や雨に西施が合歓の花」(奥の細道 芭蕉)

nebu02.jpg

この花を見るとどうしても西施の美しくも悲しい運命を思い浮かべてしまいます。
芭蕉の句がなければ「象潟(きさかた)」もどんなところかも知らなかったでしょうし、「西施(せいし)」がどのような運命をたどったのかも気がつかなかったに違いありません。

呉越同舟と言われるように中国で呉と越は敵対する相手でした。
「越」は「呉」に破れますが、越から贈られた絶世の美女「西施」の魅力に呉の国王はうつつを抜かし、国力は低下し越によって滅ぼされてしまいます。

しかし、その美貌を恐れた越の王妃により生きたまま袋に入れられて川に投げ込まれて死んでしまいます。

そして、その川(長江)からハマグリが取れたため西施は「蛤の舌」に生まれ変わったなんて言われているのだそうです。

もっともこの話も紀元前のことですから、本当のことはわかりません。
でもそのようなお話が残っていると楽しくなりませんか?

そういえば七夕(「棚幡、棚機」?)を何故旧暦でやらないのどろうか?
天の川のよく見える1ヶ月後の仙台七夕祭りの頃にやって欲しいものだ。

以前、9月9日に「重陽の節句」と書いたことがあった。

この時も菊の花はまだ咲いていないのだから、イメージがわかない。

旧暦にやれば重陽の節句がよくわかるようになるのにと思うのだが・・・・。

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近況 | コメント(2) | トラックバック(1) | 2012/07/09 20:18
コメント
No title
こんばんは。

芭蕉の詠んだこの句が書かれた 笠(船頭さんが被るような)我が家にもあります。

十年ほど前に母が秋田に来た時に 案内をして出かけた時 我が家にも買ってくれたものです。

綺麗好きの母がピッタリとラップを掛けて行ったので
埃まみれになることもなく 新品の頃と変わらす維持され 時々ラップを掛け替えています(*^_^*)

九十九島(つくもじま)と呼ばれた当時の 象潟の景観を見て 芭蕉が 雨に煙る象潟は あたかも瞼を閉じた西施のように美しい この句を詠んだそうですね。
知識も広く 発想力もあり やはり凄い人ですね。
(伊賀忍者だったとも言われていますね。そう考えだすと歴史って何だか面白いですよね)

象潟には 
(奥山に紅葉踏みわけなく鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき)
あの蝉丸太夫の歌碑もあります。

秋田県でも雪の少ない地域です。

言の葉ISさま
コメントありがとうございます。

> 芭蕉の詠んだこの句が書かれた 笠(船頭さんが被るような)我が家にもあります。

それは良い品ですね。綺麗に保存されているというのも言の葉さまのお母様らしいです。

> 九十九島(つくもじま)と呼ばれた当時の 象潟の景観を見て 芭蕉が 雨に煙る象潟は あたかも瞼を閉じた西施のように美しい この句を詠んだそうですね。

象潟も、今では地形がすっかり変わってしまったということをご存知の方も少ないですね。
徒歩での旅でそのような景観を眺めて、このような句を読むことができるのには相当の知識も必要ですね。

> (伊賀忍者だったとも言われていますね。そう考えだすと歴史って何だか面白いですよね)

本当に忍者や隠密だったのかもしれませんが、それはそれとして俳句の世界で今の世にも人々に感動を与えられるのは凄いことです。
 
> (奥山に紅葉踏みわけなく鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき)
> 歌碑もあります。

そうですか。知りませんでした。
奈良の春日山の鹿の声がここにまで聞こえてつながっているようで楽しくなりました。
猿丸大夫の歌は昔ブログに載せましたのを思い出しています。
ありがとうございました。

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