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泉子育観音(慶龍寺)(1)

 さて、昨日の筑波山、婆ヶ峰の子授け観音を紹介したので、近くで子育てで有名なお寺を紹介しましょう。

私のところでも最初の子供(娘)のお宮参りに訪れたところなんです。

その子も今では立派に成人して結婚してロンドンに住んでいます。

私たち夫婦どちらもこの地は地元ではないので、子供が生まれた時に近所の方にきいたのです。
すると、このお寺が子育てでは有名なお寺だというので行きました。

生後30日くらいの時に赤ん坊を連れて行きました。すると額に何か✖のような印を書かれたように思います。地方によっては男の子は大とか犬、女の子には小と書くところが多いそうです。

魔除けの意味もあるようだが、丈夫に育ってくださいというおまじないでしょう。

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この子育観音のいわれは、「子育出生観世音菩薩」という秘仏がこのお寺にあるのだそうです。

この像は、京都の東寺で、弘法大師が自ら彫ったといわれるもので、出世と名前にあるのは徳川家康が信仰していた仏で、天下を取ったことから出世の文字が加わったそうです。

この秘仏が京都で彫られたのが大同2年(807年)、そして1472年に仁和寺の僧が小田原に観音寺を建ててこの像を祀った。
それを家康が信仰していた。そして東に行って民を救いなさいとのお告げを得て、このつくば山の手前に来て動かなくなったので、ここに寺を建てたのだそうです。

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さて、江戸時代にはこの地は土浦藩の領地で土浦藩主の土屋正直が寺録を献し、貞亨四年(1687)に表門を寄進したそうだ。

門の手前右端には「弘法大師一千五十回遠忌供養塔」と書かれています。
仁和寺での弘法大師1150回遠忌法要は昭和59年5月に行われたようですので、その時と同じ年でしょう。

その左手には「茨城百景(北条泉の観音)」の碑があります。

写真左手の門の前に建てられた左右の柱には「御成婚記念」「土浦市」の文字があります。

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この寺には2つの門があるが、どちらが土屋家から寄贈されたものなのか?
こちら(向かって右手)が主の山門のようです。

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山門の右側には「二十三夜塔」(真夜中の二十三夜の月の出を待った)

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こちらは向かって左手の山門です。どちらにも土屋氏の家紋がついています。

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今日は時間がないので、またあすに続きを書きます。
毎日、オリンピックも忙しいですね。

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この手水鉢には「水海道」(みつかいどう)」と書かれています。水海道はここから西にいったところにある地名です。

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筑波・土浦・牛久地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/08/07 22:11
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