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ダイダラボッチの里(1)

今日もまた残暑が厳しいです。
頭の中も溶け出しそうですっきりしませんね。

 さて、今日は、石岡市井関地区に伝わる少し変わった風習を紹介します。

この地区は、常陸府中(石岡)の歴史とは少し違った文化を持つ土地柄だと思う。
これは江戸時代に水戸藩の飛び地として管理されてきた歴史を知る必要があると思う。

毎年8月16日に、井関地区近隣の4箇所(昔は6箇所であったが、2箇所は止めてしまったようです)で「大人形=ダイダラボッチ」を作って街角に飾る風習が残されています。

 今年もお盆明けの8月16日に現地を見に出かけてきました。
これも3度目になりますが、今までは代田地区のみを見てきたので今回はその他の地区のものも見てきました。

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井関の少し先「代田」地区のダイダラボッチ=大人形です。
8月16日の夕方4時頃に行ってみました。
昨年も飾り付は夕方遅くやっていましたのでどうかなと思いながら到着すると、まだこんな状態でした。

胴体の形をしたわらの束に頭に籠をかぶせています。

daida02.jpg

地区の男衆が集まって、これから杉の枝を刺したり、手足などを取り付けて形を作ります。
奥の方に上る煙は去年の人形を燃やしています。

この人形は1年間ここに置かれてこの地区の人々が病気などに罹らないように守ってくれます。

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さあ完成したダイダラボッチです。
何箇所かこの人形は作られているのですが、姿、形に顔も少しずつ違いがあります。

始まりは江戸時代に疫病がはやった時に、この地区にやってこないように守り神として飾るようになったと伝えられています。

daida04.jpg

胸の2箇所と下のシンボルは藁で形を作りナスを使います。

daida05.jpg

スギの青々しい緑色もこの道の角に1年置かれるとすっかり色あせてしまいます。
1年間お役目を終えると、毎年新しいものに交換します。

daida06.jpg

この地域は、石岡市のもっとも東南に位置しますが、江戸・明治はじめまでは井関村であり、明治22年に隣の石川村と合併して「関川村」として存在しました。

そして、昭和29年末に石岡市に編入となりました。

現在この人形が作られているのはこの「代田」とそのほかに「梶和崎」「古酒(ふるさき)」「長者峰」の各地域です。

 残りの地域の大人形の写真は明日以降に順に紹介します。



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ダイダラボッチの里 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2012/08/20 19:53
コメント
No title
こんばんは、

伝説が各地にあるのは知ってますが、
こういうのが有るのは初めて見ました。
すごいぞ!でーだらぼっち!!。
kurokenさん
こんばんは。

そちらの方にも有名なダイダラボッチ伝説がありますね。
そして「大足」(おおだら)なんて地名もありますね。
石岡にも大足という地名があるんです。

この人形作りが江戸時代から続いているのですから
変わっていますよね。
もう少し知られてもいいような気がしています。
No title
こんばんは。
所変われば風習も色々ですね。
ダイダラボッチというのは守り神さまなのですね。
古くからの伝統行事ですね。
ふみりんさん
こんばんは。
まだ暑い日が続きますね。

> 所変われば風習も色々ですね。

変わっていますよね。こちらに来るまで全く知らなかったものです。

> ダイダラボッチというのは守り神さまなのですね。
> 古くからの伝統行事ですね。

昔は疫病は厄介なものだったのでしょうね。
とくに疱瘡などはいろいろな神社にも祀われていますね。
こんな人形でも自分たちの地区を守ってくれると考えたのでしょうね。
この形もいろいろ意味があるものなのかもしれません。
コメント有難うございます。

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