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あゝ石岡駅(2)

 一昨日の石岡駅にまつわる話で書いた正岡子規の泊まった万屋旅館さんの
場所についてご連絡いただきほぼ特定できたこと感謝。
これも鍵屋さんの玩具部門がピノキオとなったのと、この場所が変わって今の
ピノキオトーイさんの場所に移ったなんてまったく想像しませんでした。
ネットはやはり情報にはすごい威力を発揮します。
市の方で特定して句碑を立ててください。
万屋を出て水戸へ向かう子規は筑波山を見て句を詠んでいます。

・二日路は筑波にそふて日ぞ長き
・白雲の蒲團の中につゝまれてならんで寐たり女體男體

一緒に載せていただきたいものです。「坂の上の雲」のテレビ放映がチャンス。

今日は石岡駅の昔の時刻表を載せておきます。
明治28年に石岡駅が開設され、6年後の明治34年発行の「石岡繁昌記」に載っていました。

ekijikoku.jpg

思ったより本数が多い気がしますね。上下1日6本ずつです。

ressha01.jpg

走っていたのは今はなつかしいSL(蒸気機関車)です。
時間も上野まで3時間くらいかかっていたようです。

石岡駅は現在橋上駅にする計画が進んでいます。
予定は2014年完成。30億円以上かかるそうです。また市の負担も・・・。
勝田、友部が先に橋上駅となり、特急がとまる駅としてはただ1つとり残されてしまいました。
乗降客は減る一方で20~30年前は1万人はいた客数が今では6000人以下。
このままでは計画のみで終わってしまわないかと心配です。
市民も巻き込んでの活動を推進すべきですね。
続きはまた明日。

あゝ石岡駅 | コメント(7) | トラックバック(0) | 2010/11/13 17:43
コメント
橋上駅化ですか。そうなると今の駅舎も取り壊し
でしょうか。またも昭和は遠くなりにけり。

昔の改札は入退で場所が分かれていて、今のパン屋の右端あたりが出口側
だったように覚えています。なんどか父を迎えにそこに行ったような
またもかすかな記憶があります。その先のバス停は貨物置場で、遊び場でした。

そんなことにはお構いなく時は過ぎていきます。
タローや万屋も全て忘れられるのでしょうか。
それでは。
子規
二句目、随分艶っぽいですね。
筑波の歌垣を思い起こさせにやりとしてしまいました。
ではおやすみなさい。
Re: 子規
おはようございます。
子規は当時学生(現東大)で歩いての旅行にも自信があったのでしょう。
藤代の宿が良くなかったし、雨で気分も滅入っていたところを
石岡の万屋で気分を良くし、温かい布団の中で足を伸ばしたり縮めたりしながら
まくらの裏にいたずら書きをして、気分良くしています。
このいたずら書きはどんなことを書いたのか残っていません。
でも想像するだけでも楽しいです。
また、水戸についてから吐血し、東京に戻ってまた吐血。
血を吐いても死ぬまで鳴くことを止めないホトトギスの別名「子規」と号しました。
2句目の歌も若いころを考えてみてその艶っぽさもわかる気がしますね。
この万屋の位置づけは途中経過の一宿とのみ解釈すべきではないと思えてきます。
Re: 駅
私は駅の橋上化に賛成です。
現在の石岡駅は確かに昭和天皇がこられたときに合わせてモダンに建て替えられた
昭和ロマンを残す建物と聞いています。
駅を建て替え、鹿島鉄道跡地という空間を有効活用し東西のエリアを繋ぐには
橋上駅しかないと思っています。
しかし、昔を知っている人のその良き時代や懐かしい思い出も大切です。
そのデザインの現在のイメージなどを使えるところを使って残す工夫が必要です。
石岡の建設をみていると壊して新しく作ることしか考えていない・・・
とても悲しいことですね。
建設にはその大部分を市が負担しなければならないようです。
いまだ方向性も決まっていません。
「エレベータだけ設置して登りホームに渡る時のバリアフリー化だけでよい」
との意見もあります。ご参考まで。
子規・駅
おはようございます。
子規が石岡を発って後筑波を眺めながら歩いて
いた様子が分る二句ですね。
ぽっかりと明るい心象風景が、哀しくも感じられ
ます。

駅を現代化することは賛成なのです。上りホーム
に出るのにエスカレータもエレベータもない現状
はひどいものです。
ただ30億と聞くと二度ビックリです。
仕掛け時計の陸橋をうまく活用できないのでしょ
うか。あれ自体が非常に中途半端で以前から疑問
に思っていましたし。
ホームの延長等必要かもしれませんが、30億
は要らないでしょう。
駅舎はいっそ元の姿に戻してほしいところ。
今東京駅が工事中で戦前の姿にようやくもどろう
としています。
懐古趣味と言う向きもあるかもしれませんが、
昔のものがある、と言う価値は、今全部破壊
していく中国を見ていると、つくづくと感じ
ます。

看板
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%8B%E6%9D%BF%E5%BB%BA%E7%AF%89

こんなものを見つけました。
石岡の建物なんとWikiの代表例になっています。
Re: 看板
石岡の昭和ロマン建築は関東大震災後にはやった「看板建築」の代表例です。
歩道の上の屋根を取り除いてみてみたら、そこに懐かしい建築が見事に残っていた。
昭和4年の火災で古きものが焼けてしまいましたが、急いで復興した当時の人の
思いがそこにあります。とても素晴らしいものだと思います。

NHKなどで紹介もされていますので、これを売り物にすればよいのですが、食事や
土産物屋などと有機的に繋ぐ工夫が足りません。
とても残念ですね。
店をきれいにするために一部補助金が使われました。
しかし、生活していくにはこのままでは皆やっていけないのです。
家賃を払って生活もするのは、趣味ではすぐに行き詰ってしまいます。
 

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