FC2ブログ

つくば市北条(2)-五輪塔1

筑波山の麓にある北条地区はここから江戸時代の「つくば道」の起点の街となっている。
そしてそこに市がたち、門前町のような風情が残る。

北条の商店街の東端に「八坂神社」がある。
東端というよりもこの神社のところで道はクランクに曲がっている。

H01.jpg

通りの方から見ると東の正面突き当りに神社がある。
この西側階段もあるが、神社への正面入口階段は、南側から登る。

H06.jpg

石段の左右に、「庚申塔」や「十九夜尊」などいくつか石塔が置かれている。

H05.jpg


H04.jpg

 天喜年間(1053~1057年)の創建といわれ、八幡太郎(源義家)を祀っているという。
(これははっきりしません。あまり本当とは思えないが・・・。祭神は牛頭天王か?)

本殿・鳥居は天保18年(1733)に再建されたものだそうだ。7月に祇園祭りが行われ、各町内からの山車や、神輿が町内を回るにぎやかなものだという。

H03.jpg

この神社のことはさておき、特に私が気になったのは、ここに茨城県内で2番目に古い(銘のあるものとして)戦国時代(1537年)の五輪塔があることです。
高さが2mもありますからかなり大きく見えます。

H02.jpg

この五輪塔は普通のものに比べ下から上まで石の大きさがあまり変わらない。
そのため、全体として大きく立派に見えます。

gorin01.jpg

この説明にあるように一番下の石の上にくぼみをつけて、そこに「経筒」が収められていたという。
これは変わっている。

普通、経筒は末法思想が流行った時に、筒にお経を入れて土に穴を掘って埋めたものがほとんどで、その他にお経を書いた小石を埋めたりもしたと前にも何箇所か説明しました。(経塚の話し

しかし、このような五輪塔に隠されたのは初めて聞きました。
この五輪塔は「八坂神社の別当である吉祥院の境内にあったが、明治の廃仏毀釈の際に現在の八坂神社境内に移された」とどの説明にも出てくるのだが、肝心の吉祥院はどこにあったのか?

分からずじまいだったが、またいつか別な資料でも探してみたい。
そうしないとどうも落ち着かない。そんな性分なのかも・・・・。

最初は少しだけこの北条地区の記事を取り上げるつもりでしたが、ここが常陸大掾氏(多気氏)の本拠地だったのだと今頃気がついて慌てています。

このことはまた後ほど書きたいと思います。

今日は石岡市柴間のギター文化館に「里山と風の声」コンサートに行ってきました。

会場はそれほど広くないので60人くらいで満員です。それも足りなくて椅子を追加して大変盛況でした。
それにとても癒される音で、気持ちもゆったり出来ました。
こちらの紹介もまた後でやりたいと思います。

今日は石岡の街中では夜になってお祭りの練習やら大変賑やかになってきました。
本当にお祭り好きが多いのでしょうね。

石岡のおまつりは今度の三連休の3日間です。午後2時頃から夜9時頃までやります。
是非お出かけください。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 茨城県情報へ  ← よろしければクリックお願いします。

つくば市北条 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/09/09 21:10
コメント

管理者のみに表示