風間阿弥陀

 石岡の民俗資料館の横に「常陸国府跡」という石碑があります。
このすぐ近くにとても奇妙な石が小さな小屋の中に置かれています。

「風間阿弥陀」と書かれています。

 この場所は常陸国の国衙があり、その後常陸大掾氏が1214年に府中城を築き、1590年に滅びるまで勢力を誇った場所でした。
そして今は石岡小学校が建っており、小学校の敷地内にあります。

この場所に「石岡市民俗資料館」と、この地にあったという府中城の説明及びその名残の土塁に大きな木、また高橋虫麻呂の万葉歌碑、さらには「常陸国府跡」(昔は国衙跡といわれていたが、国の史跡登録で国府跡になった)の石碑が置かれています。

 おそらく、石岡の地を訪れて、歴史の里ということで多くの人がここに来ると思いますが、この石は見学者が求めているものとかけ離れてしまっていて、おそらく全く理解不能の物のように思われます。
まして、この石の隣に、箱式石棺という古墳から掘り出された埋葬に使われたと思われる石棺が並べられていますので、なおさら違和感があります。

それぞれの繋がりがあまりよく理解できないので、多分記憶にも残らないものの一つではないでしょうか。

これが「阿弥陀」といっても、いかにも気味の悪い石としか思えないし、書かれていることを読んでも理解できないのです。

私も、何でこんなものがここにあるのかな????  と思って長いこといただけでした。

amida01.jpg

この風間家に伝わったというどう見ても理解できないような形をした石だか粘土を固めたものかもわからないものを「阿弥陀像」と解釈するのでしょうか?

amida02.jpg

書かれた説明によると、この「風間阿弥陀」は本当はこの下に本来の阿弥陀仏を埋めておいたもので、その上に粘土で型どった(多分五輪塔を模した?)像を作っておいたもののように解釈できます。

また、この阿弥陀像は小栗判官(ほうがん)と照手姫の話のモデルとなったとして有名な小栗城(筑西市、旧協和町)の守り本尊だったものを、戦国時代の前半の1455年に足利成氏に攻められて落城し、常陸小栗氏が滅んだ時に、家来であった風間氏が、同じ平氏の親分である、ここ常陸府中(石岡)の大掾(だいじょう)氏をたよって、逃げ込んだのでしょう。
その時にこの奇妙な石の塊を持ってきたというのです。

守り本尊の阿弥陀像はどうなったのでしょうか?
逃げる時に地下にある本尊を掘り出す余裕がなかったのか、一緒に持ってきたのか、それともこの石が本尊と思っていたのか?

よくわからないのです。でもこれはお墓でしょう。
先祖のお墓で、五輪塔そのものなのではないでしょうか?

石岡の八郷地区太田にある善光寺の崩れたお堂の裏手に小田氏の五輪塔がたくさん並んでいます。
これも、この地に小田氏の昔の五輪塔を運んできたものだと思います。

さて、資料としては、『風間家古文書』が残されており、これには

「康正元年(1455)上杉持朝、利成氏と小手指城に戦う。
持朝敗走して小栗城に入る、成氏これを攻め城遂に陥る。

持朝下野に走る、城主小栗助重領地を失う、宝助重の家臣風間次郎正定弟八郎正国家の阿弥陀像を持って常陸府中の別所に逃れ大掾氏に救わる、別所には大掾氏の家臣石崎氏・宮本氏・松延氏・大掾氏・市川氏等と共に住す。

元正18年12月常陸大掾浄幹佐竹氏のために殺され、石崎氏・宮本氏は常陸総社宮辺に、松延氏は志士庫村に、大掾氏は根本村に市川氏は高念村に、風間氏は府中土橋に移住す、小栗城より持参した阿弥陀像は風間氏の屋敷内に安置し、今日にいたる。」

と書かれたものがありました。

石岡のこの像の置かれている場所にも比較的近い場所に風間氏は住んでいたそうです。
でも地下に埋めた本尊の姿を見たという記録は見つかりません。

もし本尊があったとしたらどれくらいの大きさの像を想像しますか?

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石岡市内 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2012/10/24 19:31
コメント
はじめまして
変わった像ですね
はじめて 拝見しました
もちろん 歴史ある 意味があるでしょうね。
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トマトの夢3 様
今晩は。

> 変わった像ですね
> はじめて 拝見しました

こんなヘンテコなものにコメントいただき感激です。
これも気になっていることを記録に残しておくためでもあります。
コメントは期待していなかった記事です。
そのためなおさら嬉しくなりました。
ありがとうございます。

> もちろん 歴史ある 意味があるでしょうね。

でも理解不能のものですね。小栗判官(ほうがん)などという名前も
どこからともなく聞いたことがある程度なのですが、筑波山-加波山の向こう側
では有名で盛大なお祭りまであります。

ありがとうございました。
風間家古文書
こんにちは。風間阿弥陀のことについて調べていて、ここにたどり着きました。『風間家古文書』という文書が掲載されている、公刊されている書籍などはありますでしょうか?あるいは文書の所蔵元などを教えていただければさいわいです。
Re: 風間家古文書
小峯堂さま

ご連絡うれしく存じます。
しかし、この文書そのものは私はみていないのです。
他の市の教育委員会で発行している資料などから情報を得たと思います。
ただ、この風間家の子孫は現在石岡市土橋町におられます。
私も属している「ふるさと風の会」というグループに所属しておられる菅原さん(元県の獣医師)の奥様の系統です。
何かそちらで保管されているか、市の方に寄付されたりしておられるかどうかは今はわかりません。
機会がありましたら聞いてみます。
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