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茨城の難読地名(その58)卜杭

難読地名58

シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

卜杭 【ぼっくい】 稲敷市(旧東村)

「卜杭」で「ぼっくい」と読みます。
「卜」はカタカナのトではありません。卜う(占う)という字です。塚原卜伝(鹿島の剣豪)のボクです。

卜杭=棒杭(ぼっくい) で、「焼けボックイに火がついた」という時に使われるボックイ=棒杭(木杭)のことだと思われます。

この稲敷市の「卜杭」の場所は常陸利根川と利根川をつなぐ「横利根川」に沿った西側にあります。
郵便住所地名では「八筋川」に含まれてしまいましたが、戦国時代末期の1591年または1600年にこの八筋川地域と共に開拓されて出来た地名です。

この卜杭という地名は 利根川を渡った千葉県の印旛沼から霞ヶ浦に注ぐ「長門川」沿いの印西市に「安食卜杭(あじきぼっくい)」と「酒直卜杭(さかなおぼっくい)」という2箇所の地名が存在します。

すぐ東が、(千葉県)栄町になり、「安食(あじき)」や「酒直(さかなお)」という地名は共に印西市ではなく、栄町にあります。
また安食(あじき)あたりはかなり古くから人が住んでいた場所です。

この「安食卜杭」や「酒直卜杭」は江戸時代の寛文年間(1661-1673年)に開拓された場所だそうで、その当時はまだかなり沼地だったように思います。
それを長い棒杭(ぼっくい)を境界に打ち込んで土を盛って耕作出来る場所に開拓したのでしょう。

この江戸時代の開拓で、「安食村卜杭野」と呼ばれていたようですが、この開拓の前から「卜杭野」と呼ばれていたようですので、たびたび起こる洪水のために棒杭を打ち込んで洪水を防止することをやっていた場所なのかもしれません。

ただ、「卜」(うらない)という字が使われていますのですこし違った意味合いがあった可能性もありますが、もともと「棒」という字も「木を奉じる」と書くように手で捧げられるほどの長さの木片を指す言葉ですから、これが「卜」と同じような意味合いを持っていたとも考えられます。

茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/10 06:05

茨城の難読地名(その57)-蜆塚

難読地名57


シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

蜆塚 【しいづか】 ひたちなか市

ひたちなか市三反田蜆塚貝塚(みたんだしいづかかいづか)として知られる地名です。
「蜆」=「シジミ」ですから、普通に読めば、「蜆塚=しじみつか、しじみづか」になります。

静岡県浜松市に縄文時代の貝塚として知られる「蜆塚遺跡(しじみつかかいづか)」があり、貝殻の9割以上がヤマトシジミの貝殻で、この蜆塚となったのです。また人骨や獣の骨なども出てきました。

こちらのひたちなか市の蜆塚=しいづか についても、ヤマトシジミの貝殻がたくさん出土しました。
またイノシシ・シカ・クジラ・イヌ・カワウソなどの骨もでてきました。

また最大の特徴としては、縄文後期のハート形土偶が出土したことでしょう。
ハート形と呼ばれるのは、土偶の顔がハート形をしているためで、関東地方から東北にかけて出土しています。
顔がハート形をしているのみではなく、ほぼ女性像で、乳房や産道などが表現されていたり、妊婦を現したりもしています。

この貝塚から出土したこの土偶は10~20cm程の大きさの像で、頭の脇のほうに孔があいていて、ここに紐のようなものを通して吊るしたりしたものと考えられています。かなり貴重なものです。

場所は那珂川の下流の北側で、ひたちなか海浜鉄道湊線の「金上駅」と「中根駅」の辺り一帯です。
少し上流に武田氏館があります。甲斐武田氏の名前の由来との見方が強い場所です。

<蜆=シジミの付く地名>

静岡県浜松市中区蜆塚(しじみづか)
愛知県弥富市西蜆(にししじみ)
愛知県弥富市東蜆(ひがししじみ)

<蛤=ハマグリ>の付く地名
宮城県石巻市蛤浜(はまぐりはま)
愛媛県宇和島市蛤(はまぐり)
佐賀県伊万里市波多津町馬蛤潟(まてがた)
長崎県西海市大島町蛤(はまぐり)

<蠣=カキの付く地名>
三重県桑名市蠣塚新田(かきづかしんでん)
長崎県西海市崎戸町蠣浦郷(かきのうらごう)

<貝の付く地名(茨城県のみ)>
茨城県古河市谷貝(やがい)
茨城県石岡市貝地(かいじ)
茨城県龍ケ崎市貝原塚町(かいはらつかまち)
茨城県取手市貝塚(かいづか)
茨城県筑西市西谷貝(にしやがい)
茨城県桜川市真壁町上谷貝(かみやがい)
茨城県桜川市真壁町下谷貝(しもやがい)
茨城県桜川市真壁町東矢貝(ひがしやがい)
茨城県行方市井貝(いがい)
茨城県結城郡八千代町貝谷(かいや)

全国に「貝」の付く地名はたくさんあります。
ただ、この貝は貝殻の貝ではないと思われる地名がかなり多くみられます。

「小貝川」は「蚕飼川」だと一般には言われていますし、石岡の「貝地(かいじ)」は昔は「廨地」と書かれているそうです。
「廨(かい)」という字は「公廨(くがい)(くげ)」などとして使われますが、役所、官庁などを指す言葉で、辞書によると、「本来は官衙の舎屋の意味であったが、律令制下においては官衙の収蔵物・用度物のことを指すようになり、更に転じて官人(特に国司)の得分(給与)を指すようになった。」とあります。

また桜川市真壁の谷貝地名についても、古代の真壁郡に谷貝郷が存在し、地形も台地と平地が入れ込む谷戸が多い地形です。
貝は崖地を意味しているのかもしれません。


茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/09 06:31

茨城の難読地名(その56)-南指原

難読地名56

シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

南指原 【なじわら】 笠間市

この茨城の難読地名も56回目だが、地名数では100を超えてしまった。
まだまだたくさんあるはずだが、限もないのでそろそろ打ち止めとしよう。

取り上げてきた地名は現在の郵便番号簿に載っている地名にほとんど限定したが、昔の小字(こあざ)地名はこれにはなく、大字に限定されるし、それも住所変更などが時々されていて無味乾燥な「佳名」とかいわれる地名ばかりになってしまってきた。
私のいる「若松町」などというのはまさにその典型だ。
江戸時代に佳名にしようということになり、長法寺町から変更された。

今回の「南指原」【なじはら】は先日ブロ友から紹介された地名だが、これは大字地名ではなく小字地名なのだと思う。
しかし、AKB48ブームがなかなか去らずにいまだテレビを賑わせているが、「指原(さしはら)莉乃」という名前が有名になり、この指原の名前由来もネットでもにぎわっている。
それによると、この名前の方は大分県大分市丹川(あかがわ)地区にほとんど限定されたお名前だそうで、「指原」「佐志原」というお名前の方が結構おられるのだそうだ。
この「丹川(あかがわ)」というのも読めないが、これは地名に多く登場する「丹生(にう)」などが赤色の鉱物が採れる場所をさしているので「あか」になったものだと思う。丹生については以前「羽生」のところで書いた。

「さしはら」という名前が「指原」「佐志原」と違った漢字で書かれるということはあまり漢字そのものには意味はなさそうだ。

「南指原」を「なじわら」と読ませるのは「「みなみさしはら」が「なじわら」となったと解釈するのが普通だろう。
やはり「指原」(さしはら)の南に位置するのだとすると、北側に「指原」(さしはら)地名があるかというとそれは現在は存在していない。


「さし」を調べると、古代朝鮮語で「城」のことであったり、また「焼畑」「開墾するために原野を焼畑すること」などを意味しているという。 

「武蔵=ムサシ」の語源について色々の説がありますが、柳田國男は「雑木林を蒸(ム)して 焼畑農地(サシ)を作るに由来している」としています。またム=産むで、佐志(焼畑)で開墾することを意味しているとしています。

また、サーシ(日向地、傾斜地)より出た地形語とみることもできそうです。
これだと南指原は南向きの日当たりのよい傾斜地となり、現在の地形に近い。

また、茨城県のこの地方に集中する「佐志能神社」などの名前にもどこか共通する。
「佐志能」=さしの、さしのうも由来はどこかで共通するのかもしれないが、大和朝廷の東国進出時に豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が東山道から北へ進出して、その子孫や部下たちが各地でその地の開拓に努めます。
その中に「佐白公」という名前が出てくる。
これが、佐白山やそこに祀られた神社「佐志能」になったりしていると思われる。

サシ=指=佐志 を焼畑で荒地を開拓したという意味だと解釈して各地の地名を見てみるとかなり納得できるところも多いように思われます。

地図を確認してみると、南指原は稲田に近い場所で、棚田が広がり、「ホタルの里」としてもしられる里山です。
直ぐ西に吾国山がそびえ、北は低い山ですが「三峰山」などの古くからの信仰の山もあります。


<佐志の付く地名>
埼玉県狭山市加佐志(かざし)
佐賀県唐津市佐志(さし)
長崎県平戸市大佐志町(さしちょう)
長崎県対馬市豊玉町佐志賀(さしか)
大分県臼杵市佐志生(さしう)

<指=サシ、サジの地名>
宮城県牡鹿郡女川町指ケ浜(さしのはま)
茨城県石岡市金指(かなさし)
茨城県北茨城市中郷町小野矢指(おのやさし)
茨城県猿島郡五霞町小手指(こてさし)
埼玉県さいたま市西区指扇(さしおおぎ)゙
埼玉県さいたま市西区指扇領辻(さしおおぎりょうつじ)
埼玉県さいたま市西区指扇領別所 (さしおおぎりょうべっしょ)
埼玉県所沢市小手指台(こてさしだい)
埼玉県所沢市小手指町(こてさしちょう)
埼玉県所沢市小手指南(こてさしみなみ)
埼玉県所沢市小手指元町(こてさしもとまち)
神奈川県横浜市旭区矢指町(やさしちょう)
新潟県見附市指出町(さしでまち)
新潟県村上市指合(さしあわせ)
新潟県糸魚川市指塩(さししお)
石川県小松市江指町(えさしまち)
石川県かほく市指江(さしえ)
静岡県浜松市北区引佐町金指(かなさし)
静岡県島田市旗指(はっさし)
京都府京都市中京区指物町(さしものちょう)
京都府京都市中京区指物屋町(さしものやちょう)
京都府京都市伏見区指物町(さしものちょう)
兵庫県美方郡新温泉町指杭(さしくい)
奈良県天理市指柳町(さしやなぎちょう)
岡山県美作市日指(ひさし)
長崎県佐世保市指方町(さしかたちょう)
長崎県雲仙市小浜町北木指(きたきさき)
長崎県雲仙市小浜町南木指(みなみきさし)
大分県中津市餌指町 オオイタケンナカツシエサシマチ
大分県杵築市山香町日指(ひさし)

このように「指物(さしもの):くぎを使わずに木を組み合わせてつくった道具箱など」「指物職人」に由来したと思われる地名も多いが、結構由来が気になる名前も多い。
あと、福島県会津若松市に「神指城(こうざしじょう)」というお城がある。地名も「神指=こうざし」だ。

茨城の難読地名 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/08/08 07:01

茨城の難読地名(その55)-直鮒

難読地名55

シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

直鮒 【すうぶな】 龍ケ崎市

龍ケ崎の駅の南側の低地。 西側が入地【いれち】という。
古代の地形を考えるとこのあたりは内海が広がっていたはず。

利根町側の「押戸」あたりから舟で今の市役所や流通経済大のあたりまで渡っていたと考えられる。

するとこの直鮒【すうぶな】という地名はどこからついたものなのだろう。

入地は土を盛って埋め立てた所か?  でも直鮒を「スウブナ」とは読めないが、どういう意味か?
説明はどこを探しても見つからなかった。

鮒(ふな)と付く地名を探してみよう。

秋田県能代市二ツ井町仁鮒(にぶな)
茨城県龍ケ崎市直鮒(すうぶな)
静岡県富士宮市羽鮒(はぶな)
三重県南牟婁郡紀宝町鮒田(ふなだ)
長崎県対馬市豊玉町貝鮒(かいふな)
大分県豊後大野市緒方町鮒川(ふながわ)
・・・・みな「フナ」「ブナ」ばかり。

<直をスの音で始まる読みの地名>

山形県飽海郡遊佐町直世(すぐせ)
茨城県龍ケ崎市直鮒(すうぶな)
新潟県三条市直江町(すぐえちょう)
富山県富山市直坂(すぐざか)
岐阜県大垣市直江町(すぐえちょう)
岐阜県羽島市足近町直道(すぐみち)

やはり「すぐ」とは読んでも、「すう」と読む地名は見つからなかった。
当て字なのか、それとも方言での違いなのか?
また、角川、平凡社の地名辞典、そのどちらにも載っていない。

フナ=鮒 という言葉の語源を調べてみると、フ=田んぼ ナ=魚 だとして、田んぼの近くにいる魚だという。
魚に付くと書くのは、フナがお互いにくっついて泳ぐとか、釣るのに食い付きがよい魚だとか言われています。



茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/07 06:39

潮来の北部「川尾池」

 潮来と言えば水郷にあやめでしょうが、北部に大生(おおう)、築地(つきじ)、古高(ふったか)という結構古い場所があります。
水郷地帯は江戸時代の水運と芸者などで江戸の文化も伝わった町ですが、大生などは古代の多氏などが住み着き、開拓され、古墳時代ころに栄えた場所。 その中間部は潮来郷校や延方など教育も熱心に行われたが、幕末の天狗党の爪痕が今も深く残る。

茨城の難読地名を調べていて、「古高(ふったか)」などが気になった。

そして地図を見ていて、築地団地の脇に「川尾池」という比較的大きそうな池があった。

百聞は一見にしかずであるので、近くに行った時に寄り道をして見に行った。

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池は一面、睡蓮の葉に覆われていました。

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結構広いのですが、誰もいません。
池をぐるりと廻る周遊の道路は草で覆われて通行不能です。

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まあ釣り人がたまに来るくらいなのでしょう。
池の直ぐ上は築地団地で住宅が立ち並んでいます。


潮来地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/08/06 16:26
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