大型台風の過ぎ去りし朝

 夜中に強風が吹きまくっていましたが台風が近くにいるはずでも比較的静かでした。
銚子に出かける予定でしたので朝の天気を見てから判断をすることを相手側に連絡していました。

天気予報を見て、いつの間にか台風の中心が通り過ぎ、安全を確認したのでいつもより遅い10時ころ出かけました。

途中も危ない個所もなく、車もかなり少ない印象でした。

あたりはまだ雲に覆われていたのですが西の方から晴れ間が広がってきました。

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行方(玉造)を過ぎたあたりで後ろを振り返ると、筑波山や加波山の方から青空が広がってきています。
写真は「玉造虹の塔」と筑波山です。バックは青空で手前はまだどんより曇っていました。

途中利根川を水門のところで渡って千葉県側に。
水門は大半が開いていて川の水がかなりの勢いで海側に流れ、水面もかなり高くなっていました。

銚子の手間では信号機が何か所も点いていません。
停電のようです。

大型ホームセンターに立ち寄ろうとしたら係りの人が駐車場入り口で店内が停電で一部の入り口のみで対応する案内と連絡でした。

あきらめて街道に戻ると警察官が信号に変わり交通整理。

見ている前でその信号は復活しましたが、この日はかなり広い範囲で夕方まで停電でした。

海寄りなどはかなり強風が吹いたようです。

この日は高台の風車もフル回転です。

でも数台は廻っていないものも見られます。

故障なのでしょうか?

かなり早くから風車の発電を始めていますので、機械にもいろいろ問題もあるのでしょうね。

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/24 07:37

秋雨に濡れながら・・・

 今日夕方は少し晴れ間も出て少し夕焼けも見られた。
でもここ数日雨が降り続き、昨日は結構寒かった。

家に帰ってきたら母が肺炎で入院したとの連絡があり、夜になって家内と二人で東京の病院まで見舞いに行ってきた。
夜9時頃になってしまい、病院の門を開けてもらい対面できたが、38度以上あった熱も下がり少し安定してきたようで、顔色もそれほど悪くはなかった。

肺がんの手術も前にしているので肺炎はやはり気になる。
このまままずは回復してくれたらよい・・・・。

母ももう93歳。
父が亡くなってからすでにもう30年以上たつ。
私が来年春で父の亡くなった年になる。
なんだか早いものだな~

病院の方は、夜で患者さんも休んでいる時間なので面会も早々にまた車を飛ばして帰ってきた。
途中、首都高速の路面改修工事で夜中だというのに渋滞して車が動かない。
10分で行けるところが1時間近くもかかってようやく渋滞を抜けて、常磐高速はスイスイと。
でも家にたどり着いたら日付が変わっていた。

今日はそんなこともあり何があるかわからないので選挙の期日前投票に行ってきた。

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写真は先週行った銚子大橋。
橋の向こう側は小雨が降り霧のように霞む銚子の町。

♪♪ 冷たい雨が今日は心に浸みる。
    ・・・・・・・・・・・・・・

    行かなくちゃ君に会いに行かなくちゃ
    ・・・・・・・・・・・雨にぬれ ♪♪

人生あとどれくらい生きられるかわからないが、まだやり残したことも多い気がする。
満足することなんてこれからもきっとないのだろう。




近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/17 17:36

秋の夕日はつるべ落とし

 最近このブログも更新頻度が落ちている。
少しバタバタしていると知らないうちに日が暮れる。

良くわからない選挙も始まったようだが、これとて明日の希望が見えるのか??

もう60代もあと半年しか残っていない。
人生も結構長く生きてきたものだ・・・・

このあと何回こんな夕日が見られるのか。

イギリスの孫が来年60代最後にやってくる。
今年生まれた孫もやってくる。上の子はもう学校へ行っている。
イギリスは早いね。小さいうちから学校が始まる。日本より2年くらい早い。
春休みを利用して東京デズニーランドへ行くことを楽しみにしているという。

1週間ほど前の三丁目の夕日

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近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/11 20:07

常世田薬師の薬師様

 銚子の山間の方に「常世田(とこよだ)薬師」と呼ばれる薬師堂がある。
薬師如来坐像が国の重要文化財に指定されている。
この彫刻はかなり貴重なものだ。

あまり訪れる人も少ないようだが、つい最近まで藁葺き屋根の堂々とした薬師堂であったが、痛みやメンテを考慮して銅板葺きの屋根に変わった。

昨年6月に訪れた時はまだ修理時の足場などが残されていた。

記事1記事2 参照)

その後、今年になってもう一度訪れたのが今から3ヶ月くらい前。
記事にしようと思ったが、なかなか筆が進まない。だいぶ遅くなってしまった。

入口山門近くの崖に横穴が掘られていて、奥に続く通路がある。
前回はまだ整備させておらず薄暗いだけでよくわからず、もちろん中に入っていけるような環境に無かったが、今回は通路上にところどころ明かりが灯され、それが奥まで続いていた。

そして通路には壁面にたくさんの薬師如来像? 観音像? がまつられているのに気が付いた。

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この地下通路を一人で入っていく勇気はない。
通路の足元は上から滴り落ちる水でかなりぬれている。

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前来たときには暗くてよくわからなかったし、足元ももっと悪かった。
それが最近整備されてきて、この通路にも電気で明かりが灯った。

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この壁面に掘られたくぼみに石の仏像が奥のほうまで並んでいる。

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この洞窟? どこまで続くのかはわからない。
何本かあるのでお互いが奥で繋がっているのか、または上にあるお堂に昇る階段があるのかわからない。

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この通路のうえにあるお堂。見晴台のようになっているが使われていないようだ。
裏から回っていく道はある。

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寺は無住だがこの地域(常世田地区)で守られている。
寺の祭礼の時に皆で中に入ったようだが・・・・

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寺の境内に残された庚申塔。

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入口にある仁王門。中に仁王様がにらみを利かせている。

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これが藁葺き屋根から堂板葺きに変わった堂々とした薬師堂。

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本尊の薬師如来坐像はこの保存蔵の中。

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この地方としてはかなり気になる仏像です。
定朝様式の寄木造の大きな仏様です。
室町後期の作でしょうか? 鎌倉初期に修理された記録が残っています。



銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/06 21:34

移り行く小学校のあった跡地

 国道354号線を車で玉造から北浦大橋の方に走っていて、途中少し気になる場所があり立ち寄ってみました。

ここは行方市小貫ですが、旧北浦村です。

行方市立小貫小学校があった場所の隣接した空き地に閉校の碑が置かれていました。

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上の写真の3つの石碑は右側から「開校100周年記念碑」「小貫小学校校歌」「閉校記念碑」です。

開校100周年:「村びとの こころ育てた この聖地  昭和52年1月16日」
   ・・・明治9年1月16日 小貫塾として開校しました。

閉校記念碑:平成24年3月22日 閉校

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東日本大震災(2011年)で学校の校舎が使えなくなり、平成23年(2011年)度から小学校を近くの北浦中学校に移して授業をしていましたが翌年の平成24年に廃校となり、武田小学校に統合され、さらに平成28年度には武田小も北浦小学校に統合されました。

東日本大震災当時(平成23年度)には行方市には18校ほど小学校がありました。
それが現在は統合されて4つです。
特に旧玉里町は6つあった小学校をすべて廃校にして新しい小学校「玉造小」を建てました。
通勤通学用にかなりな数の大型バスを購入して、登下校に時間を変えて数回まわっています。

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小貫小学校の跡地。
奥に見える建物は地区の学習センターです。

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小学校敷地の入口にあった「不動堂」
謂れはわかりませんでした。

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小学校はなくなっても神社、お宮は残ります。

人口減少が深刻となっている地域では今や当たり前の風景です。
都会では考えられないかもしれませんが、確実に進行中です。

抽象的なばら色の言葉を並べた各地のいろいろな選挙戦。
国の借金は増え続け、地方は交付金に群がり利権体質ばかりが目に付く。

しかし、多くの人が皆なにかばら撒きの恩恵を受ける。
紙幣に色が付いていないのに予算が縛られたような気になり消費税の使い道などというわけのわからない話が踊る。
特別会計からどこにお金が流れるの?

また民族主義的な排他的な言動が最近やけに目立つ。
人間生まれながらに肌の色や眼の色が違ってもお互いのことを憎んだりするようには生れてこない。

多様性を受け入れない人格の人間を信用することは私にはできない。

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/05 17:21
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