fc2ブログ

今日の一枚(デジタル)

PC150700s.jpg

昨日は冬至。
今年も残すところ1週間ほどになりました。

最近、政府も何故か急に「デジタル化」などというようになりました。
まあ、余生を楽しんでいる年寄りにはデジタル(数字)でもアナログでもあまり関係ないけど、何だか今まで見向きもしてこなかったのにこの傾向はどうしようというのか?

15年以上前に私がデジタル化を言い始めたが、ちっともそんな方向には役所も政府も、民間企業さえあまり大切だとは意識されていなかった様に思う。

今になってこんな事を取ってつけたように叫んでももう遅い気がするが・・・。


PC150701s.jpg

IT技術が個人でも当たり前に使える時代になり、このデジタル化という言葉だけが独り歩きしてしまっていて、多くに人が誤解しているように感じることもよくある。

デジタルとアナログなどと言っても時計の針で表示しているアナログ時計と、数値で時刻を表示しているデジタル時計でイメージはよく区別されて説明される。

私が会社に就職した45年以上前には、大型コンピュータにはフォートランとコボルの2つのソフトが主流にあった。
フォートランが技術系の計算ソフトに対し、コボルは事務系の給与計算などのデータ処理が得意なソフトで、よく対比されて語られた。

数値化してコンピュータ処理するといっても、完全にこの2つの意味合いは違っていた。
技術系出身の私にとっては、当初はまさに機械の性能計算や振動解析などのフォートランによる技術計算がコンピュータというもので、コボルなどの蓄積データ活用技術はあまり興味はなかった。

しかし、この蓄積データの活用に目が向き始めたのは、パソコンが普及始めた25年ほど前になってからである。

輸出比率が90%ほどの流体機械の設計部門にいて、流体性能計算、強度計算、振動計算などの技術計算ソフトには何年もかかわっていたが、海外の会社と取引する機会も増え、技術競争力にはこれらの技術計算だけでは今後太刀打ちできないと考える機会を持った。

当時、今までの蓄積資料、設計時の技術データなどの保管は、5cmのファイルで倉庫や設計室に保管されているか、またはマイクロフィルムや磁気テープなどに保存され、知りたい資料を探す手間に馬鹿にならない時間を使っていた。

研究開発も過去のデータがあってもその比較や利用に結構多くの時間をかけていた。

信頼性の確保やその進化についても同様で、まだまだ人力で無駄な時間をかけ、また作成した資料もファイルして個人の机脇のサイドラックにご丁寧に仕舞い込まれていたりして、共有化などの妨げとなっていた。

ISO9001(国際品質管理規格)が日本のJISに制定される前に、海外よりこの認証の有無を聞かれる事があったが、当時はこの規格の内容は理解しておらず、「日本の品質は世界一だからこんな規格などいらない」などと思ったりしていた。
まったく井の中の蛙である。

アメリカで1980年代に、ヨタの看板方式に注目が集まり、日本企業の生産合理化が見直されている時期があった。
しかし、その後このトヨタ方式からアメリカは「りエンジニアリング」という、ITによる経営改革が急速に進んだ。

しかし日本の経営陣はこの波に乗り遅れたのだ。
日本の生産性合理化は世界一・・・・ などと本気に思っていたのだろう。
役所や省庁などもまさに今でもこんな感覚でいるのかもしれない。

デジタル化は手段に過ぎない。
先ずは蓄積された資料、紙の物はPDFなどに全て変換して、電子データで作られた物はサーバーに保管して、その利用を推進する事だ。

データとして使い勝手の良い資料の作り方などの基本を徹底し、作る時から意識して作らなければ後から余計な時間をかけなければならなくなる。
いまだにパソコンでの資料つくりにワープロ感覚が抜けない物をよく見かける。

デジタル庁が骨組みをしっかり示さなければ、日本はただでさえ曖昧さを好む文化風土が有り、主語が抜けた文章を多く見かける。(英語に直せない)
文字も倍角でこのIT化には不利な要素も多い。

私が始めたのは自分のみ書類保管はやめ、机上のファイル、サイドラックの資料などを全てPDFなどの電子データにしてサーバーに保管し、必要書類検索のEXCELプログラムを自ら作成した。
まずは、自分の周りの手持ち資料などをすべて電子化して廃棄し、スッキリさせると同時に所属にみんなで共有化できるようにすることから始めたのだ。
もうあれから15年近くが経つが、今はどうなっているのだろう。

日本の良さを保ちつつデジタル化も早急に進めてもらいたいものだ。

企業もお客様から何か過去の納入品のデータの問い合わせを受けたなら、設計などに問い合わせせずに開示できるデータは営業データの蓄積と利用推進、及び共有化、これがリエンジニアリングの基本だと思う。
もう10~20年位遅れてしまっているが、日本はそんなに柔な国ではないと思う。

今日の一枚 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2021/12/23 10:59

木漏れ日2

PC150707s_2021122012213786a.jpg

古木には鳥居と神社の社が置かれている。
ここは天台宗の古刹であるが、やはりお稲荷さんが祀られていた。

そこに朝陽が射してキラキラ輝いていた。

PC150706s.jpg

狐さん。
いつも守ってくれて有難う。


PC150705s.jpg

この黄色い絨毯とは来年又会いましょう。


(撮影日時 2021年12月15日 午前9時半)


今日の一枚 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/12/20 12:28

木漏れ日

PC150704s.jpg
(前回から2週間後の今週水曜日。また行方市の西蓮寺に立ち寄った。)

秋から冬へ。

雨上がりの寺の境内。


昨夜の風雨で1000年大銀杏も大分葉を落とし、黄色いじゅうたんもしっとり濡れている。

朝の陽射しがまぶしい。

早朝はかなり冷え込んできたが、この太陽の恵みは暖かで、心も温まる。

気持ちの良い、こんな景色も今日は独り占め。




今日の一枚 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/12/17 10:02

今日の一枚(ダブルスタンダード)

P2110242s.jpg
(馬に乗った八幡大神: 銚子市白幡神社内庚申神社にて)

下記は今から7年前に毎月発行している機関誌(ふるさと風)に書いた記事「ダブルスタンダード」である。
記事内容は古いが最近のアメリカの北京冬季オリンピックの外交的ボイコットで久しぶりに昔を振り返って思い出したものである。
アメリカの大陸開拓の歴史で原住民であるインディアンを95%も殺戮した歴史を思いださざるを得ない。

よかったら下記に当時の記事を載せましたので読んでください。(少し長いです)
続きを読む

今日の一枚 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2021/12/13 10:31

今日の一枚(コンピュータ)

tanosii01.jp

 この像はかすみがうら市志筑にある本堂家の菩提寺「長興寺」に置かれている五百羅漢の一つだ。
まさに好々爺(こうこうや)的な顔が好きだ。

私は小学生時代からどちらかというと理系の科目が好きで、暗記科目などは苦手であった。
大学も理系であり、就職しても大型機械の設計などを手掛けてきたのでまったく文系には興味もなかった。

また、電卓も桁数が大きいメモリ付きのものなどは結構高かった.
大学の卒論の計算でメモリ月の電卓を買ったが、今のノートパソコン位の値段がした(10万円位)。

企業もどちらかといえば、大型コンピュータは経理などの財務管理に使用しており、コボル言語が中心であり、専属のキーパンチャーなどがたくさんいて、技術系がコンニュータを使える時間は夜か休日に限られていた。

そんなためもあり休日は出勤せざるを得ない時代でもあったし、サービス残業など苦にもせずやってきた。
まあこれも戦後ベビーブームに生まれた日本人の宿命だったのだろう。
受験競争で明け暮れていたような・・・、
長く遅くまで仕事をしていれば頑張っていると上司に評価してもらえるなんて考えていた馬鹿な時代であったと思う。


また大型コンピュータにカードを大量に読み込ませて入力せねばならず、一度ループにはまり込むとその間違いを見つけるのも苦労した。
一般の計算はオリベッティの計算機で作られたプログラムカードを使って計算するのが一般的だった。

それがパーソナルコンピュータ(パソコン)が到来すると時代は一変した。

手書き原稿を女性がワープロ入力なんてことは全く必要なくなり、自らがパソコンで作成したり、計算したりする事は当たり前になった。ただ、ここでも使える人間と今まで通りにしたい人間の差が現れた。

表計算プログラムも最初はロータス123が天下をとるかと思われたが、EXCELに取って代わられた。
わたしがEXCELを使い始めたのはまだロ-タスが主流の時で、パソコンもNEC9800のノートPCを買って、毎日会社へ持ち歩いた。
EXCELもまだEXCEL4、5くらいの時で、プログラム機能も独特のEXCEL用の言語であった。

必要に駆られてこのプログラム(マクロ)言語を覚え、会社でも当時の先端を走っていた。
設計の計算や、過去のデータの蓄積、その利用などに大いに活躍したと思っているが、これも独りよがりかもしれない。

これもWindowsが出来て、マクロもVBA(Visial Basic Appliation)に変り、このマクロへの変換もかなり時間を要した。

また、その後にEXCEL2012までとその後のEXCELで大きな変化があり、この十年対応に追われることにもなった。
まあ、困ったものだが、退職後の今でも仕事をさせていただけているところもあり、役に立っているのだからまあ良かったのだろう。
最近、最後のご奉公にマニュアル的なものをどこかにまとめて掲載しておきたいと思うようになった。
また、別なブログを立ち上げようとも思うが、どうなることやら・・・・

海外取引のある企業などでは、昔は海外との連絡はテレックスが主体だった。
今ではこれを知っておられる方は少なくなったと思うが、当時は手書きで電文(英語)を書いて、担当の女性に打っていただいていた。まあ電報のような仕組みだ。

その後FAXが出来、直接電話で手書きでも何でも送れるようになった。
私がまだ学生の頃に始めてFAXを開発している工場を見学した事があったが、あっという間に家庭にも広がった。

しかし、パソコンが普及しメールが普及するとこのFAXはどんどん後退して、企業においては必要な機器とはいえなくなった。
でも、私の地元の自治体などにかかわりを持つと、FAXはまだ立派に活躍していて、家のFAXもなかなか捨て去る事ができない。

市役所とのかかわりで、連絡はメールで連絡を欲しいと頼んだが、しばらくは郵便とFAXで続いた。
どう仕事での連絡にパソコンメールはあまり一般家庭には広がっていないうちに、携帯やスマホのメール機能が増え、ラインなどの連絡機能が使われ始めたためだろう。
これからどうなっていくのかは分らない。
年をとってくると新しいことにはチャレンジするにもあまり意欲も興味もわかなくなる。

困ったものだ。
好々爺で、今後も仲良くやって行く事にしよう。

定年の頃から、歴史や地域おこしなどに興味をもって始めたこのブログも11年を超え、記事も3500件を超えた。
ネタも尽き始めたので、これからどうするか・・・・。

先を考えていかなければならないだろう。

今日の一枚 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2021/12/12 11:57
« Prev | HOME | Next »