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潮来アヤメ祭りへ再び

5月末に潮来の前川アヤメ園を訪れていましたが、アヤメも少しまばらでしたので6月半ばにまた訪れました。
梅雨で雨が少しシトシトと降る天気でしたのでまだ人の出もあまり多くはありませんでした。

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それでもアヤメは雨に似合います。

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6月下旬にかけてまだまだ咲きそうです。

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雨は小雨でしたが、傘をさす人が多くいました。

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この前川は北浦と常陸利根川をつなぐ川で、江戸時代には東北から江戸に運ぶ荷物もたくさんあったようです。

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潮来の12橋巡りは、本来は加藤洲と呼ばれる地域に架かる12の橋を巡るものですが、今ではこの前川にかけられた橋の下を巡るものも12橋巡りとして呼ばれています。

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雨でしたので、このように少し大きな船はエンジンが付き、屋根に雨よけが張られています。

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小型の手漕ぎ船はみなさんライフジャケットを着ているだけで屋根はありません。
でも昔の情緒を感じるのはこちらですね。

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歌に歌われたように、女船頭さんはいることはいるようですが、少ないようです。

潮来 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2022/06/18 06:36

潮来長勝寺の菩提樹の花咲く

 源氏ゆかりの寺といわれる潮来の長勝寺の菩提樹の花を見て来ました。

今の時期の潮来といえば「あやめ祭り」ですが、ひっそりと佇む長勝寺も見所の一つです。
5月末に訪れたときはまだ花の姿はありませんでした。

最近はこのあまり目立たない花も、この時期になると愛でたくなります。

今年は台風で被害を受けた本堂の屋根等の修理が終了し、観光客もまばらですが訪れていました。
訪れたときは雨が降ったりやんだりの梅雨特有の天候でしたが、かえって静かでのんびりと眺める事が出来ました。
こちらには駐車場もあります。

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本堂の前には大きな菩提樹の木が両側に1本ずつ2本植えられています。

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この菩提樹の花は可憐でひっそり目立たぬように咲いています。

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私もこのブロ友さんから教えていただき、毎年この時期に訪ねています。
コロナ禍以前は、このアヤメ祭りの期間中は本堂の扉が開放されて、仏様が拝顔できたのですが、この日は閉まったままでした。

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どうですか? カメラの調子が悪くて、レンズを望遠に交換して写真を撮ってみました。
奥がぼやけてなかなか雰囲気もよさそうです。

スマホの写真とは違ってきますね。

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境内は若葉のみどりが輝き、梅雨空に赤い山門と紫陽花の花がとても似合っています。

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紫陽花もだいぶ咲き出しました。
5月末はまだほんの少しだけだったのですが・・・・

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この参道沿いは桜の並木ですが、その下にはアジサイが花を添えています。

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この山門(仁王門?)は黄門さんが別な寺から移した物です。
仁王像は置かれていません。


潮来 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2022/06/17 11:44

梅雨の中、銚子港へ

 昨日は、朝からシトシトした雨模様
そんな中でまた銚子へ出かけて来ました。

昼頃の港を眺めに、調子駅に近い漁港に立ち寄りました。

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このような天候のときは、やはり港には多くの船が停泊していました。

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奥に見えるのが銚子大橋です。銚子と波崎(茨城県)をつないでいます。

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この公園も小雨模様で、人は殆んどいません。

銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2022/06/16 09:20

ひまわり畑

私がブログ(まほらにふく風に乗って)を書き始めたのは2010年8月、東日本大震災の7ヶ月前である。あれから12年近くが経とうとしている。当時からロシアとの距離を取りたがっていたウクライナではあったが、ロシアのウクライナ侵攻がおきようとはまったく考えていなかった。
仕事でロシア、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナなどを数回訪れた事があり、今の戦争は他人事には思えない。このブログももう3500回以上記事を書いているが、その最初の月の3回目にウクライナのことを書いた。もう12年近くも前の記事だが私にとっては懐かしく思い出される。しかし今の状況を思うととても悲しくなる。早く戦争を終らせてほしいものだ。

記事は ⇒ こちら

このひまわり畑の撮影場所が、最近になりウクライナだといろいろなところで語られるようになりましたが、NHKの鹿児島放送局でその場所が「中部の都市ポルタワ近くにあるチェルニチー・ヤール村」だと考えられるとする放送記事が今年5月に流されました。
12年前に記事を書いたときは、ウクライナだという記事はネットでもほとんど無かったのです。

記事は ⇒ こちら

海外 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2022/06/10 10:54

懐かしき三渓園

 私は幼い頃から小学1年までいた。
場所は本牧で、三渓園のすぐ近くだった。
小学校はこの庭園のすぐ隣にあった「間門(まかど)小学校」へ1年間通った。

子供の頃はこの三渓園は出入り自由で、子供達の遊び場だった。
トンボとり、ザリガニとりなど日の暮れるのも忘れて、門がしまってしまったこともあった。
そんな時は、年長の子供らの案内で、なんとか脱出できたようだが、どうやって出たのか?
あまり記憶に無い。

さて、年をとるとこんな子供の頃が無性に懐かしくなる事がある。

この三渓園は、ご存知の方も多いが、実業家の原富太郎(原三渓)が明治末期から造園してきた庭園を昭和28年に横浜市に寄贈されたために、市の公園となった。
寄贈後、ここは「財団法人 三渓園保存会」が管理運営を行っている。

そして、この財団設立50周年の2003年にある写真集(アルバム)が発行された。
「三渓園・戦後あるばむ  -今と昔、変わらないこと・なくなったもの-」

今から20年近くも前のものだが、昔、手にとって見た記憶があり、古本で検索してヒットしたので取り寄せた。

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このアルバムには、昭和30年前後の写真をいろいろな方面から集めて、沢山掲載されている。

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これらの写真を見ると、自分の子供の頃にタイムスリップしたかのように記憶がよみがえりとても懐かしくなる。
今ではこの三渓園から海の海岸線ははるか遠くなってしまったが、当時は公園の直ぐ先は海で、少しばかりの海岸も広がっていた。
これは隣の間門小学校も同じで、校庭のすぐ先は海に降りることが出来たし、また隣は木々の茂った山でもあった。

私が小学校1年生のときはこの山で山火事があり騒ぎとなったし、運動会には山から取ってきたカラスウリの実を足にこすり付けて少しでも早く走れるようにおまじないをした。

しかし、根岸から本牧あたりは埋め立てられ、海岸ははるか遠のいてしまった。

そして、小学校には海が遠くなった事で、学校内に水族館ができたと聞いている。
なんとも変ってしまったものだ。
その当時の海岸線は、今はその位置の上を高速道路が走っている。

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これらの写真は昭和30年頃が多い。
私が小学校に入学した年でもある。
ここに写っている子供達と自分の昔の姿が重なって見えてくる。

自分も年取ったものだと感じてしまう。




子供のころ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2022/06/08 14:11
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